趣味も生きがいもない子育てがはらむ心理学的リスク

子育ては、
人生の中でもとても重要で、
貴重な営みの一つです。

子どものために
時間やエネルギーを注ぐことは、
親にとって自然なことですし、
そこに喜びを感じる方も多いでしょう。

ただ、「親であること」だけに
自分のすべてを捧げて、
自分自身の楽しみや
気持ちの休まる時間まで
失ってしまうと、
気づかないうちに心の疲れを
ため込んでしまうことがあります。

今回は子育てオンリーになることで
生じやすい4つのリスクについて
お話しします。

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立派な親であり続けようと頑張ることの落とし穴

多くの親は、
子どもが生まれたときから、
自分の時間や趣味、興味、
関心を後回しにし、
子どもを優先することを
当然のこととして受け入れます。

とくに日本では、
「自分のことより
子どもを優先できる親こそ立派だ」
という価値観が、
今も強く残っているように感じます。

子どもに愛情を注ぎ、必要な世話をし、
成長を支えることは、
もちろん親として大切な役割です。

ただ、その姿勢がいつしか、
「自分のことは
後回しにして当たり前」
「自分の楽しみを持つのは
わがままだ」という感覚にまで
広がっていくと、
心の健やかさを保つのが
難しくなってしまうでしょう。

心理学では、
人は一つの役割だけで
生きているわけではなく、
複数の役割や関心ごと、
人とのつながりの中で
心の安定を保っている
と考えられています。

親であることは
大切なアイデンティティの一つですが、
それだけが自分のすべてになってしまうと、
子どもの状態に一喜一憂し、
心が大きく揺さぶられ、
不安定になりやすいでしょう。

反対に、親であることに加えて、
「音楽が好きな自分」
「本を読むのが好きな自分」
「植物を育てるのが好きな自分」
といった別の側面も保たれていると、
心の置き場が一つに偏りにくくなり、
安定しやすくなります。

つまり、子育てだけに
エネルギーを注ぎすぎる状態は、
心理的なアンバランスを生み、
心の負担になることも
少なくないのです。

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バーンアウトのリスクも?

心理学の分野では長く、
仕事における「バーンアウト」
いわゆる「燃え尽き」の状態が
研究されてきました。

バーンアウトとは、
強い要求に長くさらされる一方で、
十分に回復できない状態が
続いたときに起こりやすい、
情緒的な疲弊や意欲の低下などを含む
心理的な消耗状態です。

近年では、
こうした状態は職場だけではなく、
子育ての場面でも見られることが
分かってきました。

子育ては
愛情のこもった営みですが、
同時に、休みの区切りが曖昧で、
思い通りに進みにくく、
終わりの見えない負担が
積み重なりやすいものでもあります。

そのため、
回復の時間や周囲の支えが乏しいと、
親は心身ともに
疲弊してしまうことがあります。

このような状態になると、
些細なことでイライラしたり、
子どもの言動を受け止める余裕が
持てなくなったりするでしょう。

本当は優しく子どもに
接したいと思っているのに、
ついキツイ言い方になってしまうことも
あるかもしれません。

そして、あとになって
「こんな親ではだめだ」と自分を責め、
さらに疲弊してしまうことも
あるでしょう。

こうした悪循環は、
回復が追いついていない心が
発しているサインとして
理解できます。

親の疲れがたまると、
親子のやりとりの質にも
影響が出やすいと、
研究でも指摘されています。

だからこそ、親自身が安心して
回復できる場を持つことは、
とても大切なのです。

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抑うつや無力感につながることも

育児期の親の心の不調については、
産後うつをはじめ、
さまざまな研究が
積み重ねられてきました。

その中でよく指摘されるのは、
孤立感の強さ、支援の不足、役割の偏り、
自分らしさを感じにくいことなどが、
抑うつ的な状態と関係しやすい
ということです。

もちろん、抑うつのすべてが、
これらを原因として
起こるわけではありません。

ただ、子育て以外のところで
達成感や喜び、
安心感を得る機会が乏しいと、
気持ちが落ち込みやすくなったり、
日々のつらさを
うまく逃がせなくなったりすることは
十分考えられます。

とくに注意したいのは、
「親であること」が
自分の存在価値のほとんどすべて
になってしまう状態です。

そうなると、
子どもの行動や成長が、
親自身の自己評価と
強く結びつきやすくなります。

子どもが思うように動かないとき、
勉強がうまくいかないとき、
友人関係でつまずいたとき、
それを単なる成長過程の一場面として
見られなくなり、
「自分の育て方が悪かったのではないか」
「自分には価値がないのではないか」
と受け取ってしまいます。

その結果、
落ち込んでしまうこともあるでしょう。

こうした受け止め方が続くと、
気力の低下や自己否定感が強まり、
抑うつに近い状態へ傾いていく
可能性もあるのです。

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視野が狭くなることも

脳の活性化という視点では、
「子育ては頭を使う活動だから、
それだけで十分」
と考える方もいるかもしれません。

たしかに子育ては、
観察、判断、段取り、感情の調整など、
多くの力を使う営みです。

ただ一方で、
心理学や認知科学の分野では、
人の心や脳は、多様な刺激や
新しい経験に触れることで活性化され、
柔軟さを保ちやすくなる
と考えられています。

読書、手芸、音楽、運動、学び直し、
人との交流などは、
単なる気晴らしにとどまりません。

気分の切り替え、
ものごとの見方の広がりにも
関係してくるでしょう。

子育てには、
予定どおりにいかないことへの対応力や、
感情的になりすぎずに状況を見る力、
試行錯誤する柔軟さが求められます。

親が子育て以外の場で
新しい刺激を受けたり、
自分なりの楽しみを感じたりすることは、
気持ちの余裕や発想の幅を保つ
助けになるでしょう。

そうした意味で、
趣味や関心を持つことには、
単なる気分転換以上の価値がある
と言えるのです。

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子どもが巣立ったあとに生じる喪失感

発達心理学や家族心理学では、
子どもが成長して
親の手を離れていく時期に、
親が大きな寂しさや空虚感を
抱えることがある
と指摘されています。

いわゆる
「空の巣症候群」と呼ばれる状態です。

これはすべての親に
起こるわけではありませんが、
長年にわたって「自分にとって
子育てがすべてだった」という人ほど、
子どもが離れていったあとの喪失感は
大きなものになるでしょう。

毎日の予定を埋めていたものが
急になくなり、
必要とされているという感覚が弱まり、
自分が何をしたいのか
分からなくなることさえ
あるかもしれません。

場合によっては、
自分の存在の意味まで
見えなくなってしまうことも
あるでしょう。

そんなとき、
子育て以外の世界とのつながりや、
自分なりの楽しみ、関心、
居場所がほとんどないと、
心の支えを見つけにくくなります。

だからこそ、子育て期のうちから、
自分自身の世界を
少しでも育てておくことには
意味があるのです。

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短くても、自分だけの時間を持とう!

ここまで読まれて、子育てだけに
すべての時間とエネルギーを
注ぐことにはリスクがあると、
理解していただけたのでは
ないでしょうか。

では、忙しい子育ての中で、
どうすれば自分の趣味や楽しみを
始めることができるのでしょうか?

ここからは、
その方法について考えてみます。

子育て中は、
まとまった時間を取ること自体が
難しいものです。

そのため、趣味や楽しみを
取り入れるために
生活を大きく変えることは、
現実的ではないかもしれません。

ですが、小さな行動の変化を
起こすことはできるでしょう。

心理学の行動変容の考え方でも、
変化は小さく、現実的で、
続けやすい形で始めるほうが
定着しやすいとされています。

大切なのは、
理想的な形を目指すことではなく、
今の生活の中で少しでも実行できる
小さな楽しみを見つけることです。

たとえば、かつて好きだったことを
思い出してみるのもよい方法です。

子どもが生まれる前、
何をしているときに
気持ちが和らいでいたでしょうか?

どんなことに
夢中になれていたでしょうか?

昔の趣味を大がかりに再開しなくても、
関連するものに
少し触れてみるだけでもかまいません。

好きだった楽器に触れてみる。
大好きだった漫画本を少しだけ読む。

好きな音楽をかけながら
お気に入りのお茶を飲む。

そうした小さなことでも
「自分のために使った時間だ」
と感じられることが大切です。

ほんのちょっとだけでも、
「今、自分は楽しめている」
「少し気持ちがゆるんでいる」
と感じられる時間があると、
心の回復に役立つでしょう。

短い時間でも、
自分だけのための時間を確保することで、
心の余裕も少しずつ
戻ってくるものです。

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「自分の時間」を持つことへの罪悪感をやわらげるために

もしかしたら、
自分のために時間を使うことに
罪悪感を抱くかもしれません。

「子どもを優先しない自分は
冷たいのではないか」
「自分が楽しむ前に、
やるべきことがあるのではないか」
と感じる方もいるでしょう。

ですが、ここで見直したいのは、
「自分を大切にすること」と
「子どもを大切にすること」は、
対立するものではない
という視点です。

この二つは、むしろ
つながっている面があるからです。

飛行機の緊急時には、
まず自分自身に酸素マスクをつけてから
子どもを助けるよう案内されます。

自分自身が酸素切れでは、
子どもを助けることが
できなくなるからです。

これは心理的な意味でも
まったく同じです。

自分の心を守れていなければ、
子どもの心を守ることも
できなくなります。

親自身の心が限界に近い状態では、
子どもの心を受け止める余裕を
持つことが難しくなるでしょう。

少しでも休めていて、
気持ちに余裕のある親は、
子どもの失敗やわがままにも、
落ち着いて対処しやすくなります。

自分を回復させる時間を持つことは、
親としての土台を
整えることでもあるのです。

そのため、罪悪感を抱かずに、
自分自身に楽しみを与え、
心を充電することも重要なのです。

心理学の研究でも
繰り返し指摘されているのは、
親の心の健康が、親自身にとっても、
子どもや家庭にとっても
欠かせないものだということです。

子育て以外にも
自分を支える何かを持っていること、
自分の心が少し回復する時間を持てること、
自分が「親である以前に一人の人間でもある」
と感じられることは、
子どもの心を守るうえでも大切なのです。

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おわりに

この記事では、
子育てオンリーになることで生じやすい
4つのリスクについて
お話ししました。

おさらいすると、一つ目のリスクは、
心の安定が崩れやすくなること。

二つ目は、バーンアウトに
なってしまうかもしれないこと。

三つ目は、抑うつや無力感に
陥りやすくなること。

四つ目は、子どもが巣立ったあとの
深い喪失感です。

趣味や生きがいを持つことは、
こうしたリスクを
やわらげる助けになるでしょう。

まずは小さなことでもかまいません。

「また今度」
と先送りにしてきたものの中から、
今日できることを一つだけ選んで
やってみてください。

そして、10分でも、15分でも、
自分の好きなことを楽しみましょう。

親であることを大切にしながら、
同時に、自分自身のことも
大切にしてあげることです。

その姿は、子どもにとっても、
「人は自分を大切にしながら
生きてよいのだ」という、
かけがえのないメッセージに
なるでしょう。

自分をいたわることは、決して
身勝手なことではありません。

長く続く子育てを支えるためにも、
そしてその先の人生を支えるためにも、
とても大切なことです。