「歳をとる」と聞いたとき、
あなたはどのようなイメージを
思い浮かべるでしょうか?
体力が落ちる、物忘れが増える、
若いころのように無理がきかなくなる……。
どうしても
ネガティブなイメージを
持つ人もいるでしょう。
しかし、人間の成長は、
若いころをピークに、
あとはすべてが下り坂になるほど
単純なものではありません。
心理学には
「サクセスフル・エイジング」
という考え方があります。
年齢とともに起こる変化を
受け入れながら、
今の自分が持つ力を活かし、
自分なりに充実した人生を
送っていくという考え方です。
この記事では
「上手に歳を重ねて豊かに生きる」とは
どういうことなのかを
考えます。
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失うものはあっても、得るものもある!
私たちは、加齢を「失うこと」
と結びつけて考えがちです。
確かに、
年齢とともに体力が低下したり、
反応のスピードが
遅くなったりするでしょう。
以前なら一晩寝れば回復できたのに、
今では疲れが抜けなかったり、
人の名前がすぐに出てこなくなったりして、
「昔より頭が働かなくなった」と、
もどかしさを感じることも
あるかもしれません。
しかし、人間の発達には
「失うもの」だけでなく、
「保たれるもの」や
「年齢を重ねることで豊かになるもの」
もあります。
たとえば、
長い人生の中で身につけた知識や経験、
人を見る目、物事を判断する力などは、
一朝一夕で得られるものではありません。
若いころには持っていなかった力を、
私たちは長い年月をかけて
少しずつ身につけていくのです。
つまり、
年齢を重ねるということは、
単純に能力が
減っていくことではありません。
ある力が弱くなる一方で、
別の力が豊かになっていく。
そうした変化も含めて、
人間の「発達」だといえるでしょう。
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流動性知能と結晶性知能
年齢による
知的能力の変化を考えるうえで、
わかりやすいのが
「流動性知能」と「結晶性知能」
という考え方です。
流動性知能とは、
新しい問題に対応したり、
情報を素早く処理したり、
その場で考えて答えを
導き出したりする力です。
たとえば、
初めて見るパズルを解いたり、
新しい機械の操作を
すぐに覚えたりする力は、
流動性知能と関係しています。
一方、結晶性知能とは、
これまでの人生で身につけた
知識や経験を活かす力です。
語彙力や一般常識、仕事上の知識、
経験にもとづいた判断などが
含まれます。
流動性知能に関係する能力の中には、
年齢とともに
低下しやすいものも多いです。
そのため、若いころに比べて、
新しいことを覚えるのに
時間がかかったり、
複数のことを同時に処理するのが
大変になったりすることも
あるでしょう。
しかし、結晶性知能は
比較的長く保たれやすい
とされています。
むしろ、
知識や経験を積み重ねることで、
年齢とともに豊かになっていく面も
あるのです。
たとえば、若い社員は
新しいソフトの使い方を覚えるのが
速いかもしれません。
一方、問題が起きたときに
「これは以前のあのケースと似ている」
と気づき、
これまでの経験をもとに
解決方法を考える力では、
長く働いてきたベテラン社員のほうが
力を発揮できるでしょう。
操作の速さでは
若い人にかなわなくても、
経験をもとに
物事の本質を見抜く力では、
年齢が強みになることがあるのです。
このことを知っているだけでも、
「昔ほどすぐに覚えられない。
もうダメだ」と
考えなくてもすむでしょう。
若いころと
まったく同じ能力を保つことだけが、
成長ではありません。
その年代だからこそ持っている力に
気づくことも大切です
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エイジング・パラドックスとは?
年齢を重ねると、体力が落ちたり、
病気を経験したり、
大切な人との別れを
経験したりすることも
増えていきます。
そう考えると、
「歳をとるほど
幸福感は下がっていくもの」と思うでしょう。
ところが、
実際の調査データを見ると、
主観的な幸福感や生活満足度は
中年期に一時的に落ち込んだあと、
高齢期にかけて回復し、
若い世代と同じくらい、
あるいはそれ以上の水準を
保つケースも少なくありません。
身体的な衰えや
さまざまな喪失を経験することが
増えるにもかかわらず、
心の満足感は必ずしも
それに合わせて
低くなるわけではないのです。
こうした現象は
「エイジング・パラドックス」
と呼ばれています。
では、なぜそのようなことが
起こるのでしょうか?
その理由を考えるうえで
参考になるのが、
心理学者ローラ・カーステンセンが提唱した
「社会情動的選択性理論」です。
この理論では、
人は自分に残された時間を
どのように感じているかによって、
大切にするものが変わっていく
と考えます。
若いころは、
これから先の人生が
長く続くように感じられるでしょう。
そのため、新しいことを学んだり、
色々な人と出会ったり、
将来の可能性を広げたりすることに
関心が向きやすくなります。
一方で、年齢を重ね、
自分に残された時間を
意識するようになると、
「これから何を増やすか」よりも、
「今、何を大切にしたいか」
に目が向くようになるのです。
たくさんの人とつながることよりも、
本当に大切な人との時間を大事にする。
将来のために何かを得ることよりも、
今ここで心穏やかに過ごせることを選ぶ。
そのように、
人生の中で何を大切にするのかが、
少しずつはっきりしてくるのです。
また、年齢を重ねるにつれて、
ネガティブな情報よりも
ポジティブな情報に
目を向けやすくなる傾向も知られています。
これは「ポジティビティ効果」
と呼ばれています。
もちろん、
嫌なことを見ないようにしたり、
何でも前向きに考えたりする
という意味ではありません。
長い人生経験の中で、
「何に心を向けるか」
「何を大切にするか」
を選ぶ力が身についていく、
と考えるほうがよいでしょう。
限られた時間だからこそ、
必要のないものに振り回されず、
自分にとって本当に大切なものを
選びながら、心を満たしていく。
これもまた、
年齢を重ねることで得られる
大切な力の一つなのです。
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すべてを維持しなくてもよい――SOC理論
年齢を重ねても、
自分らしく豊かに生きていくための
ヒントになるのが、
発達心理学者ポール・バルテスらが提唱した
「SOC理論」です。
SOCとは、「選択(Selection)」
「最適化(Optimization)」
「補償(Compensation)」という
3つの言葉の頭文字を取ったものです。
簡単にいえば、
限られた時間や体力を
何に使うのかを選び、
今持っている力をできるだけ活かしながら、
できなくなったことは
別の方法で補っていく、
という考え方です。
まず、「選択」とは、
自分にとって本当に大切なものを
選ぶことです。
年齢を重ねれば、
若いころとまったく同じように、
すべてのことに時間や体力を使うことは
難しくなるでしょう。
だからこそ、
「何もかも維持しよう」とするのではなく、
「これだけは大切にしたい」と思うものを
選ぶことが重要になります。
次に、「最適化」とは、
選んだものに自分の力を注ぎ、
できるだけよい状態にしていくことです。
たとえば、練習を続けたり、
経験を重ねたり、
やり方を工夫したりすることで、
今持っている力を
十分に活かしていきます。
そして、「補償」とは、
以前と同じようにできなくなったことを、
別の方法で補うことです。
たとえば、
記憶力が落ちたと感じるなら、
メモやスマートフォンを使う。
長い距離を歩くのがつらくなったなら、
途中で休んだり、
移動手段を変えたりする。
以前とまったく同じ方法にこだわらず、
目的を達成するための
別の方法を探していくのです。
SOC理論を説明するときに
よく紹介されるのが、
世界的なピアニスト、
アルトゥール・ルービンシュタインの話です。
高齢になったルービンシュタインは、
若いころと同じように
何もかも演奏しようとはしませんでした。
演奏する曲を絞り込み、
その曲をより丁寧に練習しました。
これが「選択」と「最適化」です。
さらに、指の動きが
以前ほど速くなくなったことを補うため、
速い部分の前をあえてゆっくり演奏し、
そのあとの速い部分が
より速く聞こえるように
工夫したといわれています。
これが「補償」です。
ここで大切なのは、
若いころとまったく同じように
できることを目指しているわけではない、
という点です。
できなくなったことに
執着するのではなく、
今できることを選び、それを活かし、
足りないところは工夫して
補っていくということです。
今の自分にとって大切なものを見極め、
そこに力を注ぎながら、
自分に合ったやり方を見つけていく。
それもまた、
上手に歳を重ねていくための
大切な知恵なのです。
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おわりに
この記事では、
「サクセスフル・エイジング」をテーマに、
年齢とともに変化する知的能力、
歳を重ねても
幸福感が保たれることがある
「エイジング・パラドックス」、
そして「社会情動的選択性理論」や
「SOC理論」について見てきました。
歳を重ねると、確かに
若いころのようには
できなくなることもあるでしょう。
しかし、その一方で、
長い年月をかけて培ってきた知識や経験、
物事を見極める力、
人とのつながりなど、
年齢を重ねたからこそ
得られるものもあるのです。
また、
人生の残り時間を意識することで、
本当に大切なものが見えやすくなり、
限られた時間や体力を
そこに注ぐことも
できるようになるでしょう。
できなくなったことがあれば、
別の方法を探したり、
工夫したりしながら、
それを補う知恵も発達していきます。
大切なのは、
若いころと同じ自分で
あり続けようとすることではありません。
今の自分に何があり、
何を大切にしたいのかを見つめ、
そのときの自分に合った生き方を
選んでいくことです。
歳を重ねることは、ただ
何かを失っていくことではありません。
これまで積み重ねてきたものを
活かしながら、
本当に大切なものを選び、
自分らしい人生を
つくっていくことでもあります。
まずは、「今の自分だからこそ
持っているものは何だろう」
「これからの時間を何に使いたいだろう」と
自分自身に問いかけてみてください。
できなくなったことを数えるよりも、
今できることに目を向ける。
そして、大切にしたいものに
少しずつ時間と力を注いでいく。
その積み重ねが、自分らしく
豊かに歳を重ねていくための
一歩になるのではないでしょうか?