「あなたのためを思って
言っているんだけど……」
こんな言葉を誰かから言われて、
嫌な気持ちになったことは
ありませんか?
言っている本人には、
悪気がないのかもしれません。
この記事では、一見すると
親切そうに聞こえるのに、
人間関係を悪くしやすい言葉を
いくつか紹介します。
なぜそのような言葉が
嫌われやすいのか、
そして相手との関係を
良好に保つためには、
どのような伝え方をすればよいのか
を考えてみます。
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「あなたのため」は本当に「あなたのため」?
代表的なのが、
「あなたのためを思って
言っているんだけど」
「あなたのことを思えばこそ、
厳しく言っているんだ」
といった言葉です。
こうした言葉そのものが
悪いわけではありません。
本当に相手を思いやって
使われることもあるでしょう。
問題なのは、
「あなたのため」という言葉が、
自分の意見を正当化するための
免罪符として使われたり、
相手を自分の思い通りに
動かすための手段になったりする場合です。
たとえば、
子どもの進路に反対する親が、
「あなたの将来を
心配しているから言っている。
あなたのためを思っているから」
と言ったとします。
もちろん、本当に子どもの将来を
心配しているのでしょう。
しかし、その言葉の裏に
「私が望む道を選んでほしい」
という気持ちが強くあるとすれば、
それは「あなたのため」ではなく、
親自身の安心や価値観のため
であるのかもしれません。
また、「心配している」という言葉を
繰り返すことで、子どもに
「自分の考えは信用されていない」
と感じさせてしまう場合もあるでしょう。
もちろん、親には
子どもに助言する役割があります。
しかし、子どもが
自分の将来について
考えられる年齢になったら、
親が自分の意見を
伝えることはあっても、
最終的には子どもの意向を
尊重することが大切です。
子どもとの関係を良好に保つためにも、
「私はこう思うけれど、
最後に決めるのはあなた」
と選択の余地を残し、
子どもを信頼する姿勢を
見せたほうがよいでしょう。
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「悪気はなかった」が相手をさらに傷つける
「悪気はなかったんだけど」
「そんなつもりで言ったんじゃない」
「冗談だったのに」
「そんなに気にするとは思わなかった」
といった言葉も、よく耳にします。
確かに、本当に
悪意がなかった場合もあるでしょう。
しかし、
相手が傷ついたあとで
「悪気はなかった」と言うと、
それは謝罪ではなく、
自分を守るための言葉に
聞こえるかもしれません。
言った側が気にしているのは、
「自分に悪意があったかどうか」
なのでしょうが、
言われた側が問題にしているのは、
「その言葉によって傷ついた」
ということです。
相手が傷ついた場合、大切なのは、
自分の意図だけではなく、
相手がどう受け取ったかにも
目を向けることが必要です。
「そんなつもりはなかったけれど、
嫌な思いをさせてしまって、
ごめんなさい」
そう言えるだけでも、
相手が受ける印象も変わるでしょう。
また、「そんなつもりではなかった」
と返されると、相手は
「傷ついた自分の感じ方のほうが
おかしいと言われている」
と感じるかもしれません。
さらに、
「冗談だったのに」という言葉が、
「そんなことで怒るなんて繊細すぎる」
という意味に
受け取られてしまうことも
あるでしょう。
そうなれば、
最初の言葉以上に相手を傷つけ、
関係を悪くしてしまうかもしれません。
悪気がなかったことを伝えるのが
悪いわけではありません。
ただ、
それだけで終わらせるのではなく、
相手が傷ついたのであれば、
その気持ちにも目を向け、
真摯に謝罪したほうがよいでしょう。
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「普通は」「みんなは」が相手を孤立させる
相手のためを思って
自分の意見を伝えるとき、
「普通はそう考えるでしょ」
「みんなもそう思っているよ」
「常識で考えればそうでしょ」
といった言葉を使う人がいます。
こうした言葉には
共通点があります。
それは、自分と相手の
一対一の話だったはずなのに、
突然、「世間」や「みんな」を
味方につけることです。
たとえば、
「私はあなたのその態度が気になる」
というのと、
「みんなあなたの態度を気にしている」
というのでは、
受け取る印象はまったく違うでしょう。
「みんな」と言われると、
一人から意見を言われているのではなく、
大勢から否定されているように
感じるからです。
しかも、本当に「みんな」が
そう思っているのかは分かりません。
実際には、話している本人の
意見にすぎない場合もあるでしょう。
「普通なら」「常識では」
という言葉も同じです。
自分の価値観を、あたかも
世間一般の基準であるかのように
語ることで、
相手を「普通ではない人」「常識のない人」
のような立場に
置いてしまうことがあります。
このような場合は、
「みんな」ではなく、
「私は」と自分を主語にして話すほうが
はるかに誠実です。
また、そのほうが
相手を不必要に追い詰めたり、
嫌な気持ちにさせたりすることも
減るでしょう。
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「責めていない」と言いながら、しっかり責めている
「別に責めているわけじゃないけど」
「怒っているわけではないんだけど」
「文句を言うつもりはないけど」
「あなたを否定するつもりはないけれど」
と前置きしてから、
厳しい言葉を続ける人もいます。
不思議なことに、
「責めているわけではない」
とわざわざ言われると、
かえって責められているように
感じることがあります。
たとえば、
「責めているわけじゃないけど、
どうして毎回同じ失敗をするの?」
と言われれば、多くの人は
責められていると感じるでしょう。
こうした前置きは、
言う側にとっては、
自分を守る役割を果たします。
厳しいことを言いながらも、
「私はあなたを責めていない」
という立場を取れるからです。
しかし、言われた側からすると、
「責めていないと言いながら、
実際には責められている」
と感じるかもしれません。
もし
改善してほしいことがあるのなら、
余計な予防線を張るよりも、
「ここをこうしてもらえると助かる」
と具体的に伝えたほうが、
こちらの意図も
相手に伝わりやすくなるでしょう。
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褒めているようで、実は相手を下げている言葉
一見すると
褒め言葉に聞こえるのに、
なぜか心に引っかかる言葉もあります。
たとえば、
「あなたにしてはよくできたね」
「思ったよりちゃんとしているね」
「意外と頭がいいんだね」
「やればできるじゃない」
「昔よりずいぶんマシになったね」
といった言葉です。
言っている本人は
褒めたつもりかもしれません。
しかし、言われた側には、
「もともとあなたには期待していなかった」
と聞こえてしまうこともあるでしょう。
「あなたならもっとできると思っていた」
という言葉も注意が必要です。
一見すると、相手の能力を
評価しているように聞こえますが、
「あなたには失望した」という意味にも
受け取られかねず、
相手に罪悪感やプレッシャーを
与えてしまうことがあるからです。
褒めるのであれば、シンプルに
「よくできているね」
「すごく分かりやすかったよ」と、
そのまま伝えたほうが、
相手にも気持ちよく
受け取ってもらえるでしょう。
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「正直に言うけど」が、正直さとは限らない
「正直に言ってあげるけど」
「誰も言わないから私が言うけど」
こうした言葉のあとには、
たいてい耳の痛い話が続きます。
もちろん、ときには
誰かが率直に伝えなければ
ならないこともあるでしょう。
しかし、「正直であること」と
「何でも遠慮なく言うこと」は
同じではありません。
たとえば、
相手の性格や結婚、仕事、収入、
子育てなどについて、
求められてもいないのに
「正直に言うと……」
と自分の意見を述べることです。
正直さは大切です。ただ、
それと同じくらい大切なのは、
「この言葉は本当に
相手にとって必要なのか」
「相手が求めていることなのか」
と考えることです。
求められてもいないのに、
相手について
一方的な意見を伝えることは、
ただ自分が言いたいことを言って
スッキリしたいだけに
なってしまうことがあります。
そうであれば、
それは相手のためではなく、
自分のための言葉といえるでしょう。
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「私は気にしないけど」で他人を使って攻撃する
「私は別に気にしないけど、
ほかの人はどう思うかな」
「私はあなたの味方だけど、
世間は厳しいよ」
「私だったら平気だけど、
嫌がる人もいると思うよ」
こうした言葉も、一見すると
親切な忠告に聞こえるでしょう。
しかし、ときには
「私はあなたを責めていない」
という安全な場所に立ちながら、
「ほかの人」や「世間」を使って、
間接的に相手を批判する言葉に
なることがあります。
本当に自分が
気になっているのであれば、
「私は少し気になった」と、
自分の意見として伝えればよいのです。
それを「ほかの人」や
「世間」の意見として伝えることで、
自分の発言の責任から
逃れようとしてしまうことがあります。
しかし、このような言い方は、
相手を傷つけるだけでなく、
言った本人への信頼を
損なうことにもなりかねません。
自分の意見であるなら、
「私はこう思う」と
自分の言葉として伝える。
そのような姿勢のほうが、
相手との信頼に
つながりやすいでしょう。
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「心配」が監視や干渉に変わるとき
「心配だから連絡しているの」
「あなた一人では危なっかしいから」
「放っておけないんだよ」
「私が見ていないと心配だから」
といった言葉も、
使い方によっては
相手を苦しめることがあります。
これは、親子、夫婦、恋人、友人など、
近い関係ほど起こりやすい問題です。
心配すること自体は自然でしょう。
しかし、心配を理由に
相手の行動を細かく確認したり、
決断に必要以上に口を出したり、
交友関係まで制限したりすれば、
それは思いやりではなく、
相手をコントロールすることに
なってしまいます。
本当に
相手を思っているのであれば、
その人自身が考え、決め、
失敗することも含めて、
自分で経験を積む自由を
尊重することも大切です。
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大切なのは「何を言うか」より「なぜ言うか」
ここまでいくつかの言葉を
見てきましたが、
こうした表現を使うことが
常に悪いわけではありません。
「あなたのためを思って言っている」
という言葉も、本当に
愛情から出ることがあるでしょう。
「心配している」も「正直に言う」も、
必要な場面はあるでしょう。
大切なのは、その言葉の奥に
どのような気持ちが隠れているかです。
相手を助けたいのか?
それとも、
自分の考えに従わせたいのか?
相手に気づいてほしいのか?
それとも、
自分のほうが正しいと証明したいのか?
相手のことを
本当に大事に思っているのか?
それとも、自分の不満をぶつけて
スッキリしたいだけなのか?
言葉を発する前に、少し立ち止まって、
自分に問いかけてみるとよいでしょう。
そして、必要であれば、
言い方を変えてみるのです。
たとえば、
「あなたのためを思って言うけど」を、
「私はこう感じたけれど、
あなたはどう思う?」に
変えることができるかもしれません。
「普通はそんなことしないよ」ではなく、
「私は少し驚いた」とも言えるでしょう。
このように言葉を少し変えるだけでも、
不必要に相手を
嫌な気持ちにさせることが減り、
よりよい人間関係につながるでしょう。
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おわりに
この記事では、一見すると
親切や思いやりに見えながら、
実際には
人間関係を悪くしてしまうことのある
「言葉」を紹介しました。
「あなたのためを思って」
「悪気はなかった」
「普通はそうしない」
「みんなもそう思っている」
「責めているわけではない」
「正直に言ってあげる」
「私は気にしないけれど」など、
私たちが日常の中で何気なく使ってしまう
言葉はたくさんあります。
こうした言葉は、表面上は
相手を思いやっているように見えながら、
その裏に、自分を正当化したい、
相手を思い通りに動かしたい、
自分のほうが正しいと認めさせたい、
といった気持ちが
隠れていることもあるでしょう。
そのため、場合によっては
相手を嫌な気持ちにさせ、
人間関係を
悪化させてしまうこともあるのです。
もちろん、私たちはいつでも
完璧な言葉を選べるわけではありません。
疲れているときや
感情的になっているときには、
思わず余計な一言を
口にしてしまうこともあるでしょう。
大切なのは、
「もし自分が同じように言われたら、
どう感じるだろう」と、
少しだけ想像する習慣を持つことです。
そうすることで、
人間関係を悪化させることも
少しは減らせるでしょう。
言葉は、
人を傷つけることもあれば、
人を安心させ、勇気づけ、
心の距離を近づけることもできます。
相手の心に傷を残す言葉ではなく、
「この人と話せてよかった」
と思ってもらえるような言葉を
選んでいきたいものです。