他人の言動が理解できなくても、
それは当然のことです。
なぜなら、一人ひとりには、
その人だけの事情があるからです。
そして、それは外部の人には
見えにくいものです。
この記事は、
他人の言動を不可解に感じて、
結果的に相手に対して
否定的な感情を抱いてしまう人に
向けられたものです。
====
不可解な言動でも優しく見守ってあげよう!
「この人、なぜ
こんなことをするのだろうか?」
と他人の振る舞いが
不思議に感じることも
あるかもしれません。
そして、ときには、その人に対して
ネガティブな感情を
抱くこともあるでしょう。
でも、ちょっと待ってください!
異様に見える人が
その行動に至った背景には、
多くの場合、それなりの理由が
あるからです。
外からは
その事情が見えにくいので、
つい「この人、変だな」
と思ってしまいますが、実は、
その背後には
それぞれの事情が隠されています。
パーソナルな事柄は、
他人には簡単に話せないものです。
そのため、誤解を持ったまま
関係性を続けることも
珍しくありません。
そういった場合でも、
不思議に思いつつも詮索せずに、
「この人には
何かしらの理由があるのだろう」
と思いやりを持って
見守ることが大切です。
それにより、
人間関係が悪化するのを
防けるでしょう。
他人の奇妙な行動が
自分に直接的な影響を与える場合は
別ですが、そうでないなら、
思いやりをもって
優しく見守ってあげましょう。
====
娯楽なのになんでそこまでパニックになる?
私自身の体験をお話ししましょう。
若いころ、会社の仲間たちと
映画を観に行ったときのことです。
その映画には、
銀行強盗が若い女性を人質に取り、
女性の頭にピストルを突きつけるシーンが
ありました。
その瞬間、
私は突然息苦しさを感じました。
パニック発作まではいかないものの、
心臓の鼓動が異様に速くなり、
息が詰まるような感覚がしました。
私は落ち着いていられず、
椅子から立ち上がり、
床に膝をついてしまいました。
同時に、両手で耳を塞ぎ、
スクリーンを避ける仕草を
したのです。
隣に座っていた同僚が私の様子に気づき、
「どうしたの? 大丈夫?」
と声をかけてきました。
もし本物の銀行強盗の現場だったら、
私の反応も理解できるでしょう。
でもこれは、映画という
エンターテインメントの中でのことです。
同僚は私の反応にとても驚き、
私が精神的に弱い人だ
と思ったようでした。
私がこのような反応に至ったのには、
それなりの理由があったからです。
私は9歳のとき、
見知らぬ大人の男から性的暴行を受ける
という事件に巻き込まれました。
そのとき、
「俺の言うことを聞かなければ、
お前を殺すぞ!」と脅迫され、
首を絞められるという恐怖体験をしたのです。
その瞬間、私は死の恐怖を味わいました。
こうした過去の経験があれば、
娯楽とはいえ、似たような場面で
フラッシュバックが起こり、
心を落ち着かせることも
難しくなります。
率直に言えば、この映画は、
トラウマを持つ私にとっては、
あまりにも刺激が強すぎたので、
避けるべきでした。
私の同僚たちは、
私の過去については何も知りません。
そのため、私の奇妙な反応を見て、
私を変な人だと思ったようでした。
しかし、
私にはそれなりの事情があったため、
やむを得ないことだったのです。
====
未経験のことは真の意味で理解できないもの
人は、自分自身を基準に
物事を判断する傾向にあります。
そして、この基準は、
個人がこれまでに経験してきた事柄に
依存しています。
自分が実際に経験したことについては、
実態がよくわかりますが、
未経験の事柄に関しては、
その本質を把握するのは困難です。
経験がないことは、ときとして
不可解に感じることもありますが、
それを奇異だと短絡的に判断し、
排除するべきではありません。
自分には奇妙に
思えるかもしれませんが、
それを経験した人にとっては
全く異質ではないからです。
他人の説明だけでは
納得がいかないこともあるでしょうが、
それは驚くことではありません。
自分が経験していないことを
理解しきれないのは、
当然のことです。
重要なのは、
変だと思える人がいても、
その人を変人扱いしないことです。
今、その人が奇妙な状態にあるのも、
それはその人の過去の経験や歴史が
積み重なった結果です。
個々人のこれまでの体験や
歩んできた道のりが、
今のその人を形成しているのです。
そのため、
自分に悪影響を及ぼさない限り、
温かい気持ちを持ち、
その場を受け流すことが、
最良の選択と言えるでしょう。
====
見える部分だけでは何も判断できない!
かつて、ある事件が
テレビで報道されました。
シェアハウスの同居人が
マグカップを壊してしまい、
そのカップの持ち主が
相手に凶器を突きつけるという事件です。
そのマグカップは特に高価なものではなく、
どこでも手に入る普通のものでした。
壊した側も悪気はなく、
手が滑っただけで、
わざとやったわけではありません。
それにもかかわらず、
カップの所有者は強い怒りを感じ、
凶器で攻撃を始めたのです。
多くの人は「なぜそこまでするのか?」
と疑問に思ったようです。
実際、テレビのキャスターたちも
不可解な表情をしていました。
私がこのニュースで特に注目したのは、
事件そのものよりも、
キャスターたちの反応でした。
彼らが「ただのマグカップで、
なぜそこまで怒るのか?」
と疑問に思っている姿が印象的でした。
おそらく、
このニュースを見た多くの視聴者も、
同様の感想を持ったことでしょう。
しかし、私には、
その出来事を不可解に感じるよりも、
そうした状況が生じること自体、
あまり驚くべきことではない
と思いました。
私はシェアハウスの2人の背景や事情を
知りませんが、何かしらの事情が
影響していたと考えます。
誰かが奇妙な行動を取るとき、
表面的には異様であっても、
その人の歴史を知ることで、
「なるほど、そんな事情があったのか」
と理解できることもあります。
おそらく、シェアハウスの2人には、
既に険悪な関係があったのでしょう。
歳月を経て、
徐々に積み重なった我慢や怒りが、
ついに頂点に達し、
マグカップが壊れる瞬間、
犯人は我慢の限界に
達していたのかもしれません。
犯人の心の中には、
「これ以上我慢できない」
という感情が渦巻いており、
カップが壊れたことが引き金となり、
これまで抑えてきた感情が
爆発したのかもしれません。
もちろん、私の想像が
正しいかどうかはわかりませんが、
問題はカップが壊れたことではなく、
それ以前に2人の関係に
深刻な問題があったことでしょう。
私は、凶器を使用した犯人の行動を
正当化するつもりはありません。
そのような行為は犯罪であり、
許されるべきではないでしょう。
私が強調したいのは、
出来事の見えている部分だけから
物事を判断すべきではない、
ということです。
私たちは、シェアハウスの2人の
関係や背景を知りません。
それらのことを知れば、
納得できたかもしれません。
マグカップを壊されたことや、
怒りで凶器を突きつけた事実だけを見ても、
まだわからないこともあるのです。
見える部分だけでは
何も判断できない、
というのが適切な理解でしょう。
====
他人の不可解さに寛容になることの重要性
私たちは日々、
さまざまな人々と出会い、
共に仕事をしたり、
行動を一緒にしたりします。
しかし、これらの人々の過去を
十分に知ることはなく、
全員と深い関係に
なるわけでもありません。
それぞれに未知の部分がある中で、
関わっていることも多いのです。
「あの人、なんか変だな」
と感じる人の背後にある事情について、
私たちは知らないことも多いのです。
もし相手の行動が
自分に悪影響を及ぼす場合は、
何らかの対策を検討することも
必要でしょう。
しかし、そうでなければ、
他人の奇妙な側面に
過度に焦点を当てることなく、
寛容な心で受け流すのが賢明です。
これは、無視することでも、
過剰に反応することでもなく、
「自分には理解しきれないけれど、
その人には事情があるのだろう」
と広い心で受け止めることです。
「あの人、変だから」と皆で笑ったり、
非難したりするのは避けるべきです。
人の奇妙な行動の裏には、
その人独自の事情や背景が
あることが多いので、
思いやりの気持ちは欠かせません。
その人がなぜ
そのような行動をするのか、
その理由を知りたくなることも
あるでしょう。
しかし、他人のプライベートに
立ち入るのは避けたほうが無難です。
余計な詮索は、相手を不快にさせ、
人間関係をこじれさせる
リスクがあるからです。
====
おわりに:より良い人間関係を築くために
今回は、
人は、その人個人の事情があり、
外部の人間にはその事情が見えにくいため、
他人の行動が不可解に見えても不思議ではない、
という話をしました。
個々人の事情や都合は、
外部の人に完全に知られることは
まずないでしょう。
この事実を理解し、
受け入れることができれば、
たとえ相手の言動が
自分にとって理解し難いものであっても、
それに対して過度に
反応することはなくなるでしょう。
もちろん、他人の理解しがたい行動が
自分に直接的な悪影響を及ぼす場合は、
被害を避けるための
適切な対応を考える必要があります。
しかし、そうでない場合は、
寛大な心で見守ることが
最も望ましい選択です。
自分自身が普通だと思っていても、
他人から見た場合、自分にも
他人が理解し難い側面が
存在するかもしれません。
もし自分が他人の奇妙な面に対して
寛容であれば、他人もまた、
自分の理解し難い部分を
温かく受け入れてくれるでしょう。
このような相互の寛容さが、
人間関係の悪化を防ぎ、
お互いが心地よく過ごせるような
環境を作り出します。
他人の変わった行動には、
それなりの理由があることを念頭に置き、
不必要な詮索を控え、暖かな眼差しで
その人を見守るようにしましょう。
そうすることで、
より多くの人々と
良好な関係を築くことができるでしょう。