引っ込み思案の我が子を社交的にさせたいと願う人へのメッセージ

引っ込み思案の子供を
育てる親たちは、
我が子の人付き合いが
苦手であることに
悩みを抱えることもあるでしょう。

「この子がもっと
社交的になってくれたらいいのに」
と願うことも珍しくありません。

どのようにして子供を
社交的にすることができるのか
子育てに関する書籍を熱心に読み、
その答えを模索する人も
いることでしょう。

今回の記事は、
そんな方々を対象にしています。

結論から言えば、
内向的な子供を
無理に社交的に変える必要はない、
ということです。

ここまでお読みになって、
少しがっかりされた方も
いらっしゃるかもしれませんが、
なぜそうなのか、
その理由を詳しく
解説したいと思います。

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まず最初に、基本的に
他人を変えることは
不可能です。

本人が自ら
「社交的になりたい」
と望んでいる場合は別ですが、
そうでない場合は
親であっても、子供を無理に
変えさせることはできません。

親は子供をコントロールできる
と信じている方もいますが、
血のつながりがある親子でも
子供と親は別々の人間です。

その意味では、
子供は他人と言っても
いいでしょう。

自分以外の人間を
自分の思い通りに
変えようとすること自体、
労多くして功少なしです。

結局は親自身が疲れるだけで、
ろくなことはありません。

期待通りにならず、
親はイライラし、
フラストレーションが
増すばかりです。

子供自身が望まないことを、
第三者である親が無理強いしても、
良い結果を得ることは
ほとんどありません。

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子供に嫌がることを
無理にさせることは、
彼らにさまざまな
マイナスの影響を
与える可能性が高いです。

それにより、
子供はストレスを感じ、
心理的な健康に
悪影響を及ぼすでしょう。

嫌なことを押し付けられれば、
誰でも反抗心を
抱くようになります。

親が「こうしなさい」と言えば、
今やろうと思っていたことでも
やる気をなくしてしまうのが
人間の心理です。

親が勧めることとは
真逆のことをする子供も
いるでしょう。

子供の本来の姿を
受け入れることができず、
子供の性格を否定すると、
彼らは自信を失い、
自己肯定感も育ちません。

その結果、将来的に
人間関係で苦労したり、
心理的な問題に
悩んだりすることも
少なくありません。

親が信じる「理想の子供像」に
子供を合わせようとすると、
子供は親に対して不信感を抱き、
親子の関係も悪化するでしょう。

子供は親自身が
理想の状態にないことを
よく知っています。

自分のことを棚に上げて、
子供だけに立派になれ
と無理に求めることは、
公平ではないと
子供も感じるのです。

このように、
本来の子供の姿が
望ましくないからと言って、
親が望むような姿に
子供を変えようとする努力は、
子供に良くない影響を
与えるだけです。

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子供に
「このように変わって欲しい」
と願う親の多くは、
子供の弱点ばかりに目を向けて、
良いところを見ない傾向にあります。

短所にばかり注目して、
長所があるのに
それを見逃してしまいます。

子供の短所を克服するには
どうすればいいのか?
ということばかりを考えて、
子供の優れた点を伸ばすことは
後回しにされます。

しかしこの姿勢は
望ましくありません。

なぜなら、それにより
建設的かつ生産的な方向に
子供を導くことが
できなくなるからです。

短所を克服することは
非常に困難で、
苦労も多いものです。

努力してもうまくいかず、
挫折することも
少なくありません。

短所にフォーカスし続けると、
いつまでも「ここが悪いから」
と嘆き続けることになります。

たとえ一つの短所を
克服できたとしても、
別の短所が
気になってくるからです。

そんなことをしていたら、
永遠に子供に対して
満足のいく気持ちにはなれません。

むしろ、子供の優れた面や強い面、
得意な部分に焦点を当てて、
そちらをより良く伸ばす努力をする方が、
子供のためになります。

子供の素晴らしい面を称え、
それを一層伸ばしてあげれば、
子供はより魅力的な人間になり、
自信をつけることもできます。

子供自身にとっても、
こちらの方がずっと良いのです。

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短所・長所について、
もう少し掘り下げると、
短所も長所も表裏一体である
と言われることが多いですが、
これはまさにその通りです。

ある角度から見れば、
弱点に見えても、
別の角度からその性質を見れば
長所にもなるものです。

例えば、内気な人は
社交的要素が欠如している
と悪く見られる一方で、
独自のアイデアを考えることに
長けていたり、
集中して物事に取り組む
素晴らしい面も持っています。

短気な性格は感情的になりやすく、
良くないこととして
受け取られる場合も多いですが、
問題や課題に対して
素早く反応して迅速に解決する
能力もあるのです。

頑固な人は
柔軟性に欠けるという
悪い面がある一方で、
頑強な意志を持ち
粘り強く物事に
取り組む姿勢もあります。

短絡的な思考をする人は
本質を見逃しやすい一方で、
クリエイティブな発想に
恵まれやすく
スピーディーに動ける利点が
あります。

このように、
どんな性質であれど、
良い面と悪い面が
同時に存在するものです。

よって、
内気であるという性質でも、
優れた面があることを
認識することが重要です。

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子供がどんな性格や性質であっても、
その性格や性質を
良い悪いで判断するよりも、
「これは子供の特徴だ」
と捉えた方が適切です。

内向的で引っ込み思案な我が子も、
そういう性質があるだけで
何も悪いことではありません。

引っ込み思案の子供は
一人で静かに
一つのことに集中したり、
洞察力が高い面もあります。

そうした優れた面にも目を向けて、
そういう性質がある子供なんだと
子供のありのままを
受け入れる方が望ましいです。

カタツムリの渦巻の殻を見て、
「なぜ渦を巻いているのか!
まっすぐになれないのか!」
と文句を言う人はいないでしょう。

まっすぐ伸びる青竹を見て、
「少し曲がった方がいいよ」
とアドバイスする人もいないでしょう。

子供のありのままの性質を
否定する親は、
カタツムリに向かって
「まっすぐな殻になれ!」と言ったり、
青竹に「曲がった方がいいよ」と
アドバイスをするようなものです。

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それでも、
子供本来の自然の姿を
受け入れられない親は
少なくないでしょう。

なぜそうなのでしょうか?
その理由はおそらく
社会風潮によるものだと思われます。

学校や職場、社会一般で
外交的な人は素晴らしく、
内向的な人は望ましくない
と考える人が多いからです。

内向的な人間は
多くの人たちに囲まれれば、
すぐに疲れてしまい
自分一人になりたくなります。

自分の気持ちを尊重して、
誘われた飲み会を断れば、
「あの人、付き合いが悪いね」
と言われてしまうのです。

一方、外交的な人間は、
大勢でガヤガヤワイワイやることが
ストレス発散になり、
自分も楽しめます。

飲み会にも積極的に参加するため、
「社交的で良い人ね」
と賞賛されることが多いです。

しかし、
人付き合いが良いか悪いかだけで、
素晴らしい人とか、
望ましくない人と
判断すること自体が間違いです。

人間には様々な性質の人がいるため、
誰もが無理なく
楽しく過ごせるように、
お互いの性質を尊重したほうが
よいのです。

変わるべきものは
性格や性質そのものではなく、
どの性格や性質が優れていて、
どの性格や性質が劣っている
という間違った思い込みです。

不当な思い込みを
外すことが
私たちのやるべきことなのです。

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今回の話をまとめると、
内気な我が子を
社交的にさせたいと願っていても、
そのような努力は
やめた方が賢明です。

その理由は以下の通りです。

1)たとえ我が子でも、
自分とは別の人間であり、
基本的には自分の思い通りに
他人を変えることは
できないからです。

2)子供が嫌がることを
無理強いすると、
子供にマイナスの影響を
与える可能性があるからです。

3)短所を克服するよりも、
長所を伸ばす方が
建設的かつ生産的です。

4)短所も長所も表裏一体であり、
内気な性質でも
優れた面が存在するからです。

5)子供の本来の性質を変えるよりも、
間違った社会風潮を
変えることが
正しい道だからです。

今後は、
引っ込み思案の我が子の
素晴らしい点に注目し、
それをさらに
伸ばしてあげる方向へ
動きましょう!