日常の中で、
「あれ、前と言っていたことと違うな?」
と感じる場面に出会うことは、
よくあることでしょう。
そんなとき、
不誠実さや無責任さを
疑いたくなるかもしれませんが、
人が矛盾したことを言うのは
自然なことです。
この記事では、人はなぜ
矛盾した発言をするのかについて、
心理学の視点から、
いくつか理由をお話しします。
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心の中の葛藤と発展途上の思考
人の心は、白か黒かでは
割り切れないものです。
私たちは日々、
相反する感情や考えを
同時に抱えながら生きています。
たとえば、
転職を考えている人が
「今の仕事は辞めたい」と口にしながら、
数日後には「やっぱり
この会社にもよいところがあるんだよね」
と話すことがあります。
これは嘘をついているのではなく、
心の中で「変化への期待」と
「安定への執着」という
二つの気持ちが
せめぎ合っているからでしょう。
恋愛においても、
こうした葛藤はよく見られます。
「もう別れたい」と言っていた人が、
翌日には「でも、やっぱり好きかもしれない」
とつぶやくこともあります。
周囲から見れば
矛盾しているように
映るかもしれませんが、
本人の中では「相手への不満」と
「別れることへの寂しさや不安」が
同時に存在していて、
どちらも偽りのない気持ちなのでしょう。
このような状態は
「アンビバレンス(両価性)」
と呼ばれています。
さらに、自分の考えや価値観が
発展途上にあるときも、
矛盾した発言は生まれやすいです。
新しい情報に触れたり、
経験を重ねたりする中で、
人の考えは少しずつ
変化していくものだからです。
昨日まで正しいと感じていたことが、
今日になって
揺らぐこともあるでしょう。
その過程では、
自分の中で答えが固まっていないため、
言葉にすると
矛盾として表れてしまうのです。
これは不思議なことではなく、
成長へと向かう途中の
自然な姿だといえるでしょう。
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傷つくことへの恐れ:自己防衛としての矛盾
人は、
本音をそのまま口にすれば
自分が傷つくかもしれない
と感じたとき、
無意識のうちに
言葉を選び直すことがあります。
これは心理的な
自己防衛のはたらきの一つで、
その結果として、
矛盾した発言が生まれることもあります。
たとえば、上司から
「このプロジェクト、君に任せたい」
と声をかけられたとき、
本当は「自信がないから
引き受けたくない」と感じていても、
「喜んで引き受けます」と
答えてしまうかもしれません。
でも後日、同僚には
「実はあまり乗り気じゃないんだよね」
と本音をこぼすのです。
これは嘘をついているというより、
上司との関係を壊したくない、
評価を下げたくない
という恐れから生まれる、
防衛的な反応と考えられます。
親子関係でも、
似たような場面は見られます。
親に対しては「大学に行きたい」
と話していた子どもが、友人には
「本当は働きたいんだ」と
打ち明けるかもしれません。
そこには、
親の期待に応えられない不安や、
失望させてしまうことへの恐れがあり、
本音とは違う言葉を選んでしまう
事情があるのでしょう。
心理学では、このような行動を
「防衛機制」の一つとして捉えています。
人は自分の心を守るため、
ときに真実から目を逸らしたり、
相手によって
言葉を使い分けたりするものです。
矛盾した発言は、心を守るための
一種のクッションともいえるでしょう。
本音をそのまま
伝えたときに生じる衝撃を避け、
自分自身や大切な関係を保とうとする、
無意識の工夫なのです。
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空気を読む心:状況適応がもたらす食い違い
人は社会的な生き物です。
そのため、周囲の空気を読み、
その場に応じた発言や行動を選ぶことは、
ごく自然なことといえるでしょう。
このような適応力は、
人間関係を円滑にするための
大切な力ですが、一方で、
矛盾した発言を生み出す
要因にもなります。
たとえば、ある会議では
「新しい企画にはリスクが大きすぎる」
と慎重な意見を述べていた人が、
別の場では
「チャレンジすることが大事だよね」
と前向きな姿勢を示すことがあります。
これは必ずしも
一貫性がないわけではなく、
会議の参加者や議題、
その場の雰囲気に応じて、
強調する点を
変えているのかもしれません。
保守的な上層部の前では
慎重さを示し、
若手のチームの前では
前向きな姿勢を打ち出すことで、
それぞれの場にふさわしい、
よりよいコミュニケーションを
取ろうとしているのです。
友人関係においても、
相手によって話す内容や口調が
変わるのは自然なことです。
Aさんの前では
健康志向の生活について語り、
Bさんの前では
ジャンクフードの話で盛り上がる。
どちらも嘘ではなく、
その人の中にある多面性が、
相手や状況に応じて
表れているだけなのです。
心理学では、このような使い分けを
「印象管理」または「自己呈示」
と呼んでいます。
本人としては、そのときどきで
最善だと思う選択をしているだけでも、
外から見ると矛盾しているように
映ることがあるでしょう。
しかしそれは、
人が複雑な社会の中で
うまく適応していくために
身につけてきた、
高度な能力の表れでもあるのです。
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都合のよい解釈:認知のゆがみと確証バイアス
人は誰でも、
自分にとって都合のよい情報を
信じたい一方で、
都合の悪い情報からは
目を背けたくなる傾向を持っています。
こうした心のはたらきが、
矛盾した発言を生み出す
一因になることもあるのです。
たとえば、ダイエット中の人が
「甘いものは食べない」
と宣言していながら、
週末にはケーキを
口にしていることがあります。
そのとき本人は、
「今日は特別な日だから」
「これくらいなら大丈夫でしょう」
「明日からまた頑張ればよい」と、
自分なりに理由をつけて
納得しようとします。
これは心理学で
「正当化」や「合理化」と呼ばれる
認知のプロセスで、
自分の行動と言葉の食い違いを
埋めるために、後から
都合のよい説明を作り出している状態だ
といえます。
投資や買いものの場面でも、
似たようなことが起こります。
「無駄遣いはしない」
と話していた人が
高額な商品を購入した際に、
「これは投資だから」
「長く使えるから結果的にお得なんだよね」
と理由づけをすることがあります。
ここには、確証バイアスと呼ばれる
心理現象も関わっているのでしょう。
確証バイアスとは、
自分の考えや判断を
支持する情報ばかりに目が向き、
反対の情報を
見落としてしまう傾向のことです。
その結果、客観的に見ると
矛盾しているように思えても、
本人の中では
筋が通っているように
感じられているのです。
喫煙者が
「健康には気をつけている」
と言いながら
タバコを吸い続ける場合も、
この仕組みの一例でしょう。
「ストレス解消になるから、
むしろ体によい」
「長生きしている喫煙者もいる」
といった情報だけを選び取ることで、
自分の行動を正当化し、
心のバランスを
保とうとしているのでしょう。
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感情の嵐の中で:揺れ動く心が言葉を揺らす
強い感情に包まれているとき、
人は落ち着いて
物事を考えることが
難しくなるものです。
怒りや悲しみ、不安、
興奮といった感情が高まるほど、
冷静さは失われやすくなり、その結果、
発言に食い違いが生まれることも
少なくありません。
たとえば、喧嘩の最中を
思い浮かべてみてください。
激しい怒りの中で
「もう二度と顔も見たくない」
と言い放ったかと思えば、少し後には
「どうして分かってくれないの」
と相手の理解を求めてしまう。
これは嘘や演技ではなく、
怒りと寂しさ、
拒絶とつながりへの欲求が
同時に心の中に存在しているためです。
感情が強まると、
理性による整理が追いつかず、
心の揺れがそのまま言葉として
表に出てしまいがちです。
悲しみの中でも、
同じようなことが起こります。
大切な人を失った直後に
「一人にしてほしい」と口にしながら、
しばらくすると「誰かそばにいてほしい」
と訴えることがあります。
これは矛盾ではなく、
深い喪失体験の中で、
孤独を求める気持ちと
人とのつながりを欲する気持ちが、
交互に押し寄せてくる
自然な心の動きだといえるでしょう。
また、強い不安や
パニック状態にあるときには、
その揺れがさらに
表に出やすくなります。
「大丈夫、何とかなる」
と言いながら手が震え、次の瞬間には
「どうしよう、もう無理だ」
と口にしてしまう。
このように
感情が高まったときには、
人の言葉は一貫性を
保ちにくくなるのです。
ただ、それは
人間としてごく自然な反応であり、
感情が落ち着けば、少しずつ
理性的な思考も戻ってくるでしょう。
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おわりに
この記事では、人はなぜ
矛盾した発言をするのかについて、
心理学の視点から
いくつか理由をお伝えしました。
誰かが矛盾したことを
口にする場面に出くわすと、
つい嘘やいい加減さを
感じるかもしれません。
しかし、矛盾の背後には、
揺れ動く気持ちや
心を守ろうとする無意識のはたらき、
社会に適応しようとする努力、
そして感情の波などが
潜んでいることも少なくありません。
矛盾とは、人間が複雑で
多面的な存在であることを
映し出すものだといえるでしょう。
他人の矛盾した発言に出会ったとき、
すぐに「信用できない」
と決めつけるのではなく、
「この人の心の中では
何が起きているのだろう」
と立ち止まって考えてみることも
大切です。
矛盾の奥にある感情や状況に
目を向けようとする姿勢は、
より深い人間理解や、
よりよいコミュニケーションへと
つながっていくでしょう。
同時に、自分自身の矛盾に対しても、
寛容になってもよいでしょう。
「前と言っていることが違う」
と感じたからといって、
自分を責める必要はありません。
それは、あなたが成長し、変化し、
さまざまな感情を抱えながら
生きている証かもしれません。
矛盾を完全になくすことは
できませんし、
その必要もありません。
むしろ、矛盾を受け入れ、
理解しようとする姿勢こそが、
自分自身や他者を
より深く理解するための
第一歩になるのではないでしょうか。
人の心は、白黒を
はっきりつけられるほど
単純ではありません。
だからこそ私たちは、
迷い、揺れ動き、ときに
矛盾を抱えながら生きているのです。
その複雑さこそが、人間を豊かで、
興味深い存在にしているのでしょう。