過去は変えられるけど、未来は変えられない

斎藤一人先生の言葉に
「過去は変えられるけど、未来は変えられない」
というものがある。
初めてこれを聞いた時、
私は自分の耳を疑った。
普通に考えれば、
済んでしまった過去は変えられないけど
これから来る未来は、自分次第で
どうにでも変えられると思うだろう。

でも、そういうことではない。
一人先生が「過去は変えられる」と言うとき、
過去の出来事はそのままであっても、
それに対する解釈を変えることで、
自分の感じ方を180度回転させる
ことも可能、と意味する。

私達は、身の回りで起きる様々な出来事に
「これは良いことだ」とか、
「あれは不運だった」とか
意味付けをしている。
でも、実際は、出来事そのものには
良いも悪いもないし、
ポジティブもネガティブもないのだ。
出来事はただ淡々と起きているだけ。
一つひとつの出来事に対して、
「本当に嫌なことだ」と文句を言ったり、
「これは素晴らしい」と喜んだりするのは、
人間が勝手にしていることだ。

全く同じ出来事を経験しても、
Aさんは「あ~、良かった」と喜ぶ。
しかし、Bさんは「面倒だな。迷惑だ」と考える。
出来事事体には意味はなく、
人によって解釈が違うので、
感じ方も全く違ってくる。

自分の過去に嫌なことがあり、
未だにそれを引きずって生きている場合、
「あ~、あれは本当に私にダメージを与えたな」
とネガティブに考えがちだ。
でも、その出来事に別の解釈を与えれば、
自分の気持ちがラクになるかもしれない。
自分がもっと幸せに生きられるかもしれない。
もし、そうだったら、過去の出来事の解釈を
自分の都合の良いように変えてしまえばよい。
一人先生が言いたいことは、こういうことだろう。

私自身、日本の実家で過ごした時のことを考えれば、
良いことは何一つ思い出せない。
父に怒鳴られ、暴力を振るわれて、
私は恐怖に脅えながら生きていた。
母には「あんたはダメ人間」「人間のクズ」
というような人格否定の言葉を浴びせられ、
悲しさ、情けなさ、屈辱感、悔しさなどの
ネガティブ感情を持ち、生活していた。

「こんな過去があったから、
自分は大人になっても未熟で、
自己肯定感が低く、劣等感、無価値感
に苦しむのだ」と私は嘆いていた。
大人になっても、自分自身がシックリこなくて、
常に生き辛さを感じている。
私がこのようになってしまったのも、
両親が私にしてきたことのせいだ、
と私は信じてきた。

でも、一人先生のトークを聞くようになって、
私は自分自身が徐々に変わってゆくのを
自覚するようになった。

日本での実家生活を考えると、
ネガティブなことしか頭の中に浮かばなかった。
解釈の仕方を変えれば、違う感じ方もできるだろう
と思って、一人先生が仰る通り、色々考えてみた。
でも、暫くの間は、どう考えても、
両親から酷い扱いを受けたことは、
私の人生に悪影響を与えた
としか思えなかった。

しかし、ある日、散歩しているときに、
突然、ひらめきのように、私の目の前に
降りてきたものがあった。
「私の人生、これで良かったんだ!」
と急に幸福感に包まれる瞬間があった。

お天気が良く、青空が綺麗な日に、
私は自宅周辺を散歩していた。
寒くもなく、暑くもなく、風が心地よく吹いていた。
自然豊かな緑多い美しい場所で
私は清々しい気持ちで散歩をしている。
「こんな素敵な所で生活できて、
なんて、私はラッキーだ」と思った。
私はニュージーランドでの今の生活を
とても満足している。
物質的には日本ほど豊かではないかもしれない。
日本のようなハイテクはなくて、
ちょっと原始的な面もあるかもしれない。
でも、私の心は解放感と開放感で満たされている。
衣食住に困ることなく、
優しい旦那様や愛らしい子供たちが目の前にいる。
自分の部屋の窓からは、緑豊かな大自然が見える。
日本の実家では味わうことができなかった
「私は安全。私は守られている。安心できる」と
いった心の平和がある。

このような生活が手に入ったのも、
自分が頑張ってニュージーランドに
移住しようと決意したからだ。
私は臆病で、小心者で、変化を嫌う人間だ。
更に面倒くさがり屋という一面もある。
そんな私が海外で永住しようと決めて、
そのために必要な行動を起こせたのは、
「日本の両親の近くで、息苦しさを感じながら
生活するのは絶対に嫌だ!」
と強い気持ちが裏にあったから。
もし、この気持ちがなければ、
私は海外永住に至るプロセスを
やり遂げるだけのエネルギーがなかったと思う。

両親が私に対して酷い扱いをしてくれたから、
私は「どんなことがあっても、日本には帰らない」と決めた。
ニュージーランド移住に至るまでの面倒なプロセスを
踏むことができたのだと思う。
そう考えたら、私の両親との険悪な人間関係は
私に悪影響を与えただけでなく、
私にポジティブな面もくれたと考えられる。
このことに気づいた時、
日本で受けた虐めや虐待に対して、
私の感じ方も大分違ってきた。

起きた出来事そのものには変わりはない。
しかし、自分がそれをどう捉えるかで
感じ方が全く違うものになると
身を持って体験できた。

一人先生が「未来は変えられない」
という意味は一体どういうことなのか?
人は生まれる前に、人生のシナリオを
決めてから生まれて来る、とよく聞く。
たぶん、そういう意味で、未来は変えられない
というのだろうか?
この点は不確かだが、「過去は変えられる」の部分は、
私はかなり深く理解できたと感じている。

一人先生、いつも、素晴らしいお話を、有難うございます。
私は大変、感謝しております。