無理をしない子育て。正直な親の姿が、子どもの安心につながる

日々子どもと向き合う中で、
子どもを受容することは大切です。

しかし、親も生身の人間。
思うようにいかないときも
あるでしょう。

そんなときには、
無理に理想の親を振舞うより、
正直な気持ちを伝えるほうが、
かえって子どもに安心感を与えます。

この記事では、
親が自分の感情に
素直になることの大切さを、
心理学的な視点からお伝えします。

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日常の中で生まれる親の葛藤

「お母さん、今日学校でね…」
そんな子どもの声に、
最初は温かく「うんうん」と頷いていた親も、
延々と同じような話が続くと、
正直なところ
疲れてしまうこともあるでしょう。

心の中では、「もういい加減にして」
「今日は疲れているから聞きたくない」
と感じてしまうのは、
ごく自然な反応です。

「この子の気持ちを
受け止めてあげたい」という親としての想いと、
「正直、もう聞くのがつらい」
という人間としての本音。

その間で
揺れ動くことを
経験した方もいるでしょう。

そんなとき、子どもは
敏感に親の心の内を感じ取ります。

「お母さん、
私の話を聞くのに疲れたの?」
「面倒だと思ってるでしょう?」と、
ストレートに聞いてくることも
あるかもしれません。

そうした場面で、多くの親はとっさに
「そんなことないよ。
全然面倒なんかじゃないよ」と、
無理をして答えてしまいがちです。

この反応は、
子どもを傷つけたくない、
安心させてあげたいという
親心からくるものです。

でも、それは本当に
子どものためになる
対応なのでしょうか? 
そして、親自身にとっては
どうなのでしょうか?

現在の子育て情報や教育論では、
親は常に子どもに
理解ある態度を示すべきだ
という理想が強調されています。

そのため、
自分の本音を押し殺してでも
「理想的な親」になろうとする人も
少なくないでしょう。

でも、そのような姿勢が、
実は親にとっても子どもにとっても、
健全ではない状況を
生み出してしまうこともあるのです。

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こんな人を信用できますか?

親が本音を隠すことで、
子どもは本当に
安心できるのでしょうか?

この問いの答えを考えるために、
まずは大人同士の関係に
置き換えてみましょう。

あなたが職場で、
上司とやり取りする場面を
想像してみてください。

その上司は、明らかに
疲れ切った表情をしていて、
肩を落とし、声にも元気がなく、
どう見ても調子が悪そうです。

目の下にはクマができていて、
反応も鈍い――そんな状態です。

そこであなたが気遣って
「お疲れのようですが、大丈夫ですか?」
と声をかけたとします。

すると、その上司は
無理に明るい声をつくりながら
「全然疲れていないよ。
元気いっぱいだ!」と返してきたとしたら、
どう感じるでしょうか?

誰が見ても疲労困憊しているのに、
です。

また、別の日には
その上司がイライラした様子で、
資料をバサッと置いたり、
ため息をついたりしていたとします。

あなたが
「今日はなんだか
ご機嫌ななめに見えますね」
と声をかけたところ、
「そんなことないよ。
ちゃんと普通だよ」
と作り笑いを浮かべて否定したら、
どうでしょうか?

こんなふうに振る舞う上司を目の前にして、
あなたは安心して
上司に接することができるでしょうか?

きっと多くの人が、
不安や違和感を覚えるはずです。

そして、その上司と話すたびに、
「この人は本当のことを
言っているのだろうか」
「また本音を隠しているのでは?」
と疑う気持ちが湧いてくるでしょう。

その結果、次第に上司の言葉を
信じられなくなっていくのでは
ないでしょうか?

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本音を見せた方が子どもに真の安心感を与える

本音を隠す上司に対して
部下が抱く気持ちは、
本音を隠す親に対して
子どもが抱く気持ちとよく似ています。

心理学の研究では、子どもは
親の内面をとても敏感に
感じ取ることが
明らかになっています。

親が隠しているつもりの
感情やストレス、疲労感などを、
子どもは言葉以外のさまざまなサインから
読み取っているのです。

表情のわずかな変化や声のトーン、
体の動き、反応の早さなど、
あらゆる非言語的な手がかりを通じて、
子どもは親の本当の状態を
察知しています。

つまり、親がどれほど頑張って
感情を隠そうとしても、
その思いは
子どもに伝わってしまうでしょう。

もし子どもが、親の言葉と
実際の様子に矛盾を感じたら、
心から安心することは
できないでしょう。

親が本音を伝えることが大切なのは、
子どもに「本当の安心感」を
与えることにつながるからです。

これは、心理学でいう
「自己一致」という考え方とも
深く関係しています。

自己一致とは、
自分の内側で感じていることと、
外に向けて表現していることが
一致している状態を指します。

人は、言葉と態度が
一致している相手に対して、
自然と信頼感を抱くものです。

逆に、言葉と雰囲気に
ズレがあるときには、無意識のうちに
「何か変だな」と感じ、
その人のことを
信用できなくなるのです。

子どもが学校での出来事について
延々と愚痴をこぼしているとき、
親の疲労が限界に達してしまうことが
あるかもしれません。

そんなときは、
無理をして聞き続けるのではなく、
「ごめんね。お母さん、
今すごく疲れていて…
今日はここまでにしてもいい? 
明日元気になったら、
続きをちゃんと聞くね」
と正直に伝えてもよいのです。

その瞬間、子どもは
がっかりするかもしれません。

「今すぐ聞いてほしい」
という気持ちがあるからです。

でも、親が本音で
向き合ってくれたと感じることで、
子どもは安心感を得られます。

なぜなら、そこには
嘘のない言葉があるからです。

親が自分の感情を
正直に伝えることが
日常的になっていれば、子どもは
「お母さんの言葉は信じられる」
「お父さんはちゃんと
本当のことを言ってくれる」
「この人は嘘をつかない」
と感じるようになります。

こうした信頼感こそが、
子どもの心を安定させるうえで、
なによりも大切なことなのです。

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健全な感情教育の機会にもなる

親が自分の感情を
素直に表現することは、
子どもにとって
貴重な学びの機会にもなります。

これは心理学でいう
「モデリング」の効果と
関係しています。

子どもは親の言動を
無意識に観察しながら、
それを手本にして
自分の行動や価値観を
つくっていきます。

感情の扱い方についても
同じなのです。

子どもは、親が日頃
どのように感情と向き合い、
それをどう表現しているかを
よく見ており、それを自分の
感情表現のモデルとして
自然と取り入れていくのです。

もし親が、
いつも自分の感情を抑え込んだり、
本音を隠したまま過ごしていると、
子どもは知らず知らずのうちに、
「気持ちを外に出すのはよくないことだ」
「自分の本当の思いは
隠さなければならない」
「ネガティブな感情を持つことは
悪いことなんだ」といった価値観を
身につけてしまうでしょう。

その結果、子どもは
自分の感情を
大切にすることができなくなり、
無理に押し殺して、
心に負担を抱えながら
生きていくようになる
おそれがあります。

これは、長い目で見れば、
子どもの心の健康に
大きな悪影響を及ぼしかねません。

一方で、親が
自分の感情を大切にしながら、
それを適切な形で表現している姿を
日常的に見せていれば、
子どもはまったく違うメッセージを
受け取ります。

「どんな気持ちを持っても大丈夫なんだ」
「自分の気持ちは
ちゃんと大切にしていい」
「喜びも悲しみも怒りも、
人として自然な感情なんだ」
ということを、自然と学んでいくのです。

ここで大切なのは、
感情をどう表現するかという
「方法」です。

感情的になって
相手にぶつけるのではなく、
落ち着いて言葉で伝える姿を
見せることが重要です。

たとえば、
怒りを感じたときには、
感情的に怒鳴ったり
物に当たったりするのではなく、
「今、お母さんは~のことで
腹が立っているの。なぜかというとね…」と、
穏やかだけれどしっかり言葉で
伝えるようにすれば、子どもは
「怒りを表すにも、
こういう伝え方があるんだ」と学べます。

また、悲しいときには
「お母さん、今ちょっと悲しい気持ちなんだ。
でも、これは自然なことで、
少し時間が経てば落ち着くと思うよ」
と伝えたり、

疲れているときには
「今日はとても疲れていて、
いつも通りには
できないかもしれないの」
と正直に話したりすることで、
子どもは感情の多様さと、
適切な伝え方を
少しずつ身につけていくでしょう。

このような環境で育った子どもは、
ネガティブな感情も含めて、
自分のあらゆる気持ちを
受け入れられるようになります。

「怒りを感じる自分も、悲しむ自分も、
そう感じていいんだ」と理解し、
感情を否定せずに、うまく表現する力を
育んでいくのです。

やがてこの健全な感情との関係は、
自己受容へとつながり、結果的に
高い自己肯定感を
育むことにもなっていきます。

そして、自分の感情だけでなく、
他者の感情にも
丁寧に向き合えるようになり、
いわゆるEQ(感情知能)の高い人へと
成長していけるでしょう。

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子どもの心の成長と耐性をも育める

親が適切な場面で
本音を伝えることは、
子どもの心の成長や、
精神的な強さ(いわば「心の筋力」)
を育てるうえでも大切なことです。

たとえば、
子どもが話し続けているときに、親から
「お母さん、ちょっと疲れてきたから、
今はもう聞けないの。
明日続きを聞かせてね」と言われたとします。

そのとき、子どもはがっかりしたり、
不満を感じたりするかもしれません。

こうした反応は
一見するとよくないように
思えるかもしれませんが、
必ずしもそうとは限らないのです。

心理学の研究では、
こうした小さな「がっかり」や、
思い通りにいかない体験こそが、
子どもの心に
「期待が叶わないことへの耐性」を育てる
大切な機会になると示されています。

つまり、少しずつ
「思い通りにならない経験」
を重ねていくことで、
子どもの心は強くなり
成長していけるのです。

ただし、ここで大事なのは、
その「がっかり感」が
子どもにとって
無理のない範囲であることです。

子どもの年齢や性格、
そのときの心の状態によって、
どれくらいの失望や我慢が適切かは
異なるでしょう。

もし、負担が大きすぎたり、
我慢が長引いたりすると、
むしろ逆効果になることもあります。

でも、その子にとって
「ちょっと残念だけど、
何とか受け止められる」くらいの
小さながっかりは、心の耐性を育てる
絶好のチャンスになるでしょう。

また、たとえ親が本音を伝えて
子どもをがっかりさせる場面があったとしても、
そのときの言い方や伝え方には
十分注意が必要です。

たとえば、「面倒だよ」とか
「うるさい」といった
冷たい言葉で突き放してしまえば、
子どもは深く傷つき、
親への信頼まで
失ってしまうでしょう。

反対に、「お母さんも人間だから、
疲れることもあるのよね」
「今日はちょっと体調がよくなくてね。
ごめんね、明日にしてくれる?」と、
気持ちを込めたやさしい口調で、
理由を添えて丁寧に伝えれば、
子どもの受け止め方は
まったく違ってくるでしょう。

子どもはそのようなやりとりの中で、
「親も自分と同じように
感情を持つ一人の人間なんだ」と気づき、
相手の立場や気持ちに配慮する心を
育てていくようになります。

同時に、「自分の願いが
いつもすぐに叶うわけではない」
という現実を学び、
小さな我慢を通して
心を少しずつ鍛え、困難への対処力を
身につけていけるのです。

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親自身を大切にすることの意味

最後にお伝えしたいのは、
親が自分の感情を大切にすることは、
子どものためであると同時に、
親自身のためでもあるということです。

子育ては、ほんの短い期間で
終わるものではありません。

乳幼児期から始まり、
子どもが成人するまで、
長期にわたる継続的な営みです。

その長いマラソンのような道のりを、
理想の親であろうとするあまり、
自分の感情を抑え続けながら走り抜くのは、
現実的ではありませんし、
健全とも言えません。

もし、親がずっと
自分の感情にフタをして、
「こうあるべきだ」という理想だけを
追いかけ続けてしまったら、
やがて心も体も疲れ果て、
燃え尽きてしまうでしょう。

心理学ではこの状態を
「バーンアウト」と呼び、
親としての機能を
著しく低下させてしまうものです。

反対に、
親が自分の感情をきちんと認識し、
ときには言葉にして伝え、
必要に応じて休むことができれば、
長期間にわたって、無理なく
「よい親」であり続けることができます。

親が心身ともに健康でいること。
それは、子どもの健やかな成長にとっては
欠かせない条件のひとつです。

そのため、疲れたときには
「疲れたな」と素直に口にし、
困ったときには
「ちょっと困っているの」と話し、
うれしいときには心から「うれしい!」と喜ぶ。

そんな自然で正直な感情表現を、
日常の中で見せることが、
子どもにとっても
大きな学びになるでしょう。

子どもは感情を持つことの自然さと、
それを適切に表現することの
大切さを理解できるでしょう。

親が自分自身を
大切にしている姿を見せることで、
子どもも
「自分のことを大事にしていいんだ」
と思えるようになります。

そしてそれが、
子どもが大人になったときに、
健やかな心を保って生きていくための、
大切な土台になるのです。

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おわりに

この記事では、「親が子どもに
ネガティブな感情を
隠さないほうがよい理由」について、
心理学的な視点も交えながら
お伝えしてきました。

日々の子育ての中で、
親としての務めを果たそうとする思いと、
人としての本音との間で揺れ動く場面は、
多くの方が経験されることでしょう。

「ちゃんと聞いてあげなきゃ」
「受け止めてあげなきゃ」
と頑張る気持ちはとても尊いものです。

しかし、無理に「理想の親」に
なろうとしすぎると、
かえってうまくいかないことも
あるのです。

子どもは、親の表情や声のトーンなど、
ちょっとした変化から
親の本当の気持ちを
敏感に感じ取っています。

だからこそ、
「今日はちょっと疲れているんだ」
「今は難しいな」
というような正直な言葉は、
かえって子どもに
安心感を与えることにつながるのです。

親の言葉と態度が一致していると、
子どもは
「この人の言うことは信じられる」と感じ、
心が落ち着いていくのです。

さらに、親が
感情を適切に表現する姿は、
子どもにとって
感情の扱い方を学ぶうえでの
大切な手本になります。

ネガティブな感情も否定せず、
それをどう扱えばよいのかを
示してくれる存在が
身近にいるということは、
子どもの自己肯定感を育む力にも
なるでしょう。

親も生身の人間ですから、
いつも理想的に
子どもに接することはできません。

そんなとき、子どもは
思い通りにならない現実に直面し、
我慢を経験することもあるでしょう。

でも、それがきっかけとなって、
子どもの心が
成長することもあるのです。

その際に大切なのは、
親がどんな言葉を使って説明するか、
また、その「我慢」が子どもにとって
無理のない範囲であるかどうか
という点です。

親もまた、ひとりの人間です。
自分の感情を大切にしながら
子どもと向き合うことは、
決してわがままではありません。

それは、長く続く
子育てという旅を、自分らしく、
健やかに歩んでいくために
必要なことなのです。

完璧を目指して無理を重ねるよりも、
正直な気持ちを伝えながら、
子どもと誠実に関係を築いていくこと。

そんな関わり方こそが、
子どもの心に真の安心感を与え、
やがては子ども自身も
自分の感情を受け入れ、
他者とも健やかな関係を築く力へと
つながっていくでしょう。

どうか、
理想ばかりを追い求めすぎず、
必要なときには無理をせずに、
あなたの正直な気持ちを
子どもに伝えてあげましょう。