満たされない承認欲求

今まで私は両親から褒められたことがほとんどない。子供のときには、近所の同年代の人たちと比較され、「うちの子は本当にダメなんですよ。これもできないし、あれもできないし… それに比べてお宅のお嬢さんは立派で優秀なお子さんですね。羨ましい限りだわ」と母が隣人に言うのを聞いていた。

母は私に対して「ダメ、ダメ、ダメ」を連発して、私のことを否定しまくった。子供の頃は「できない子」「無能なろくでなし」「どうしょうもない子」「ダメな子」と能力のなさを非難されることが多かったが、成人してからは、それに加えて性格や容姿の悪さも指摘されるようになった。「心の冷たい子」「気の利かない子」「礼儀知らず」「お化粧がなってない」「歩き方が下品」等々、すべてがネガティブな表現だった。「あんたのような人は、嫁の貰い手がない」とまで言われた。

父は「男尊女卑」や「年功序列」を重んじる人で、昭和の古臭い価値観に固執していた。女性は男性よりも劣っていて、能力もなければ、正しい判断もできない。だから、男が守ってあげなければならない存在だと信じていた。私が父と異なる意見を言おうとすれば、「女・子供は黙れ!」とスゴイ権幕で怒鳴りつけ、私に暴力を振るったこともある。

両親から褒められた唯一の場面は、学生時代に良い成績を取ったときだけ。それ以外は、常に否定されまくり、「人間のクズ」のように言われてきた。

こんな親に育てられて、私の承認欲求は満たされなかった。親が私を非難する言葉を聞くたびに、私は悲しく、空しく、情けない気持ちになった。自信が持てず、自己評価も低かったし、劣等感や罪悪感も強かった。

こういう心の状態だと、不幸感は強くなる。表面上は普通の生活をしていても、自分には何かが欠けていてシックリこない。満たされない気持ちが強く、不足感でいっぱいだった。

私は長い間、自分の不幸感は両親から承認欲求を満たして貰えなかったからだと考えていた。もし、両親が私を褒めてくれたり、励みになるような一言を与えてくれれば、私は幸せになっていたと信じ切っていた。

でも、カウンセリングに通い始めて、私は「親よりももっと大切な人間関係があること」に気づいた。それは、自分自身である。自分に一番近い人間関係は、親ではなくて、自分自身だ。

私は自分自身に向かって、「お前は不器用だ」とか、「お前の顔は不細工」「お前は性格が悪い」「お前の体型はみっともない」という言葉を心の中で発していた。つまり、私は自分自身を否定しまくっていた。でも、そのことに気づかず、親のことばかりを責めてきた。

「自己評価が低いのは親からの影響が大きい」と強く思った時期もあった。確かに、それはある程度、正しいだろう。しかし、よく考えてみれば、ちょっと変だと分かる。私は海外移住をして両親とは20年以上も会っていない。電話やスカイプで両親と話すことも滅多にない。それなのに、なぜ、親からの影響だと言って、両親を責め続けているのだろうか?

私は過去にとらわれ過ぎていた。両親から酷いことを言われて傷ついたことはたくさんあるが、それは大昔の話。過ぎ去った「過去」のことだ。両親が今、私の目の前にいて、私に嫌なことを言い続けているわけではない。現在私の目の前にいるのは、優しい旦那さまや、愛らしい子供たちだけ。衣食住に困っているわけでもない。自宅付近は自然が豊かで、緑の木々に囲まれて、鳥のさえずりを聞きながら平和な生活を送っている。

それなのに、なぜ、私は昔の嫌な思い出を頭の中で何度も繰り返し、嫌な気持ちになっているのだろうか? 親を責めたり、自分自身を責めたりしているのだろうか?

親が私にしたように、私は自分に対して非常に厳しく、非現実的なほど理想の自分像を思い描いていた。理想像と実際の自分が大きくかけ離れているからと言い、自分を責め続けてきた。同時に、自分がこのようになったのは親からの悪影響のせいだと決めつけ、親のことも責めてきた。そんな風に生きていれば、満たされなくて、不足感が大きく、不幸な気持ちになるのは当然だろう。

カウンセリングの最後のセッションで、カウンセラーが私に言った言葉が今でも忘れられない。「自分にもっと優しくしてあげてね」と。

このサラリとした一言は、今になれば、私にとって一番重要なことだと思う。

他人に厳しく、意地悪なことを言えば、自分もその人から同じような意地悪を受けるだろう。同様に、自分自身に厳しくして、「これもできない」「あれもできない」と責めれば、自分自身からも同じような反応が返ってくる。「そう、あなたはどうしょうもない無能な人」だと。

他人の良い面を探して、それを褒めてあげる。他人からのちょっとした親切にきちんとお礼を言う。そういう姿勢で他人に接すれば、その人との人間関係は良好なものになるだろう。同じように、自分に対して優しくしてあげる。自分の良い面にフォーカスを当てて褒めてあげる。そうすれば、自分自身からも同じような良い反応が返ってくるはずだ。

どんな性格であれ、良い面と悪い面がある。「強み」と「弱み」は常に表裏一体なので、自分の性格をどう捉えるかは自分次第だ。「もっと自分に優しくしてあげよう」と決めて、自分自身に対する否定を止めたとき、私は少しづつ元気になれたと感じている。

両親から承認欲求を満たして貰うのではなく、自分自身が自分の承認欲求を満たして上げる。おそらく、これが幸せになるための第一歩なのだろう。