英語圏に住んでみて、英語学習について思うこと

英語圏での暮らしも30年近くになる。
私の住んでいる地域は、外国人が多い。
日本人もいるし、ベトナム、フィリピン、
カンボジア、ドイツ、ロシアの人も近所にいる。
英語を母国語としない人たちと交流する中、
感じることがある。

それは、日本人が謙虚だということ。
多くの面で謙虚であり、
自分の英語能力に関しても、
実に謙虚な人が多いということだ。

何年も不自由なくこの国で生活しているのに、
「私、英語ができないから….」なんてことを言う。
だから、積極的に英語を話そうともしない。
それに対して、他の国の人たちは
間違っていても、堂々とバンバン話す。
言い回しがちょっと変でも
気にしている様子は全くない。

「英語ができないから」という
日本人の中には、
移民のための英語クラス
に通っている人もいる。
ニュージーランドは移民の多い国。
英語が母国語でない人が
この国に来たばかりのとき、
生活に困らないように、
政府は無料で英語のクラスを
提供してくれている。

もちろん、来たばかりなら
こういうクラスに行くのもよいだろう。
でも、私の知人はそうではない。
もう何年もここに住んでいて、
普通に生活している人だ。

こういう人が移民のためのクラスに
行くのって、非常に勿体ないと思う。
なぜなら、クラスに行って会う人々は
英語が話せない人たちばかりなので。
そんな人たちに囲まれても、
英語が上達するはずはないと思うから。
いくら無料であっても、自分の時間は有限だ。
移民のための英語クラスへ行くよりも、
コミュニティーカレッジで
趣味のクラスを取ったり、
大講義室で行われる大学の授業に
潜入してしまった方がよいのでは?と思う。

日本人の中には、パーフェクトな文法で、
パーフェクトな言い回しをして、
パーフェクトな発音ができなければ、
人前で英語を話すのは恥ずかしい
と考える人が多いようだ。
だから、英語のクラスへ行って
文法や発音を学ぼうとする。

でも、言語を学習する目的は、
言語そのものが目的ではなく、
相手と意思疎通が上手くいくよう、
コミュニケーションの手段としての
言語を学ぶことだと思う。
それなら、パーフェクトな文法でなくても
パーフェクトな発音でなくても、
パーフェクトな言い回しでなくても、
相手に自分の言いたいことが
伝われば、それで十分ではないか?
私の近所の外国人たちが、
英語のミスを気にしないで
堂々と話すように、話してみてもよいのでは?
つたない英語でも、
言いたいことを分かって貰えれば、
言い回しがちょっと変でも、
発音がちょっと変でも、構わないのでは?

私のお勧めする英語学習方法は、
「今すぐ本題に入ってしまうこと」
本題というのは、自分の専門分野だったり、
自分が興味のある分野のこと。
自分の分野の英語にたくさん
触れてみるようにすることだ。

経済学が専門分野だったら、
自分が既に知っている知識を
英語で再び学ぶようにする。
テクノロジーが得意なら、
自分が知っているテクノロジーの
情報を、英語で読んだり、聞いたりする。
料理が趣味なら、料理のレシピを
英語で見て、料理に関する単語を
学んでいくのだ。

私にとって言葉を学ぶ目的は、
自分の関心事や興味のあることを
相手に伝えて、情報交換をすること。
その話題を楽しむことだ。
そのために必要なことは
自分の本題の英語を学ぶこと。
文法や、単語のスペルなんて、
おおよそでいい。
相手にきちんと伝われば、
パーフェクトに正解でなくてもいい。

もう既に日本語で知識があるものを
英語で学び直す方法は
けっこうラクにできる。
その分野の基礎知識があるので、
英語でその分野の文章を読めば、
「ああ、こういう言い方をするんだな。
こういう単語を使って表現するんだな」
ってことが分かる。

では、どうやって、
自分の専門分野の英語教材を探すか?

インターネットが普及した今では、
ネットで検索すれば、
様々なリソースにお目にかかれる。
検索窓に自分の専門分野や
興味ある分野の英単語を入れて、
検索してみれば、教材になりそうなものが
たくさん出てくる。
その中から、自分にとって
良さそうなものを選べばよいのだ。

正しい文法、単語、言い回しを
目指すのではなく、
自分の言いたいことを
相手に理解して貰うことに
一番の重きを置くこと。
この姿勢で、間違いを恐れずに
機会がある時には、英語を使ってみること。
それが一番の学習方法だと思う。