人間関係に疲れてしまうとき、
その原因のひとつに、
「嫌なのに断れない」
「本音が言えない」といった
葛藤があります。
そうした状態の背景には、
自分と他者との間に
きちんとした境界線が
引けていないこと
があるのでしょう。
この記事では、
自分を守りながらも
相手を大切にする
「アサーティブ・コミュニケーション」
について考えてみます。
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なぜ「境界線」が必要なのか?
人間関係で
「疲れてしまう」と感じるとき、
その多くは、自分の限界や意思を
相手に伝えられずにいることから
生じています。
ノーと言えないまま
無理を重ねたり、
本心とは異なる行動を
続けるうちに、
私たちは気づかないうちに
精神的にも肉体的にも
疲弊してしまうのです。
境界線とは、簡単に言えば
「ここからは自分の領域」と意識する
心理的な線引きのことです。
この線が曖昧になっていると、
他者からの要求や期待に翻弄され、
自分自身を見失ってしまうことも
あるでしょう。
たとえば、
仕事の依頼を断れずに
睡眠時間を削ったり、
親しい人からの無理な頼みを
引き受けて
自分の予定を犠牲にした経験は
ないでしょうか?
健全な境界線を持つことは、
自分自身を尊重する行為です。
そしてそれは、長い目で見れば、
相手との関係性を
より良いものにしていくためにも
欠かせない要素なのです。
お互いの限界や希望を
率直に語り合い、
理解し合うことで、
より誠実で対等なコミュニケーションが
可能になるからです。
自分の境界線を
明確にするということは、
自分を大切にしながら、
相手との関係も
丁寧に育てていこうとする姿勢であり、
両者にとって
望ましい関係を維持するためには
不可欠です。
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アサーティブ・コミュニケーションとは?
アサーティブ・コミュニケーションとは、
「相手に対して誠実な態度で、
自分の気持ちや欲求を
率直に表現するコミュニケーション」
のことです。
たとえば、
気が進まないことを誠実に断ったり、
嫌なことには
「嫌です」ときちんと伝えたり、
やめてほしいことに対しては
はっきりと「やめてほしい」
と言うことです。
しかし、多くの人にとって
「ノー」と言うのは、
簡単なことではありません。
私たちは子どもの頃から、
「周囲と調和すること」や
「人に迷惑をかけないこと」を
大切にするよう教えられてきました。
そのため、
自分の気持ちを率直に表現することに、
どこか後ろめたさや不安を
感じてしまうのでしょう。
そんなとき、
アサーティブ・ジャパンの森田汐生さんの
「『ノー』と言うとき覚えてほしいこと」
の言葉が、大きな助けになります。
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「ノー」とは……
相手と自分に誠実でありたいからこそ、
言うことば
あなたと私は違う。
それがOKだから、伝えることば
何ができて何ができないのかを
わかってもらう理解のことば
相手と長くよりよい関係を築く、
かけ橋のことば
あなたを「燃えつき」から救う、
魔法のことば
おかしいことには
おかしいと立ち上がる、勇気のことば
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この言葉が教えてくれるように、
「ノー」と伝えることは、
関係を壊すためではなく、
むしろより良い関係を築くための手段です。
自分も相手も尊重しながら、
理解を深めていくための、
誠実で大切な表現なのです。
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私たち一人ひとりが持つ「12の権利」を知る
アサーティブ・コミュニケーションを
実践するうえで欠かせないのが、
「自分にはどんな権利があるのか」
をきちんと理解しておくことです。
自分の気持ちや考えを大切にするには、
まずその土台となる「自分自身の権利」
を意識する必要があります。
森田さんは、私たち一人ひとりが持つ
「12の権利」を、
次のように示しています。
1.私には、
日常的な役割にしばられることなく、
自分のための優先順位を
決める権利がある。
ここで言う「日常的な役割」とは、
妻、夫、母親、父親、娘、息子、嫁、
社員、課長など、
日々私たちが担っている
さまざまな立場のことを指しています。
この権利は、
私たちが様々な役割を担いながらも、
自分自身の優先順位を決める
権利があることを示しています。
常に「良い親」「良い社員」
であらねばならないという
プレッシャーから
解放されるための大切な権利です。
2.私には、
能力のある対等な人間として、
敬意をもって扱われる権利がある。
年齢や肩書きにかかわらず、
誰もが対等であるべきです。
一人の人間として、
尊重されることは
当然のことなのです。
3.私には、
自分の気持ちを
表現する権利がある。
怒りや悲しみ、嬉しさや戸惑い、
どんな感情にも意味があります。
それらを抑え込まず、
ありのままに伝えることは、
人として自然な権利です。
4.私には、
自分の意見と価値観を
表明する権利がある。
他の人と違う考えを持つことは
何もおかしいことではありません。
むしろ、その違いを認め合うことが、
多様性を尊重する社会の礎になるのです。
5.私には、
自分のために「イエス」「ノー」を決めて
言う権利がある。
他者の期待に応えるためだけに
「イエス」と言う必要はありません。
自分の意思で選び、伝えることは、
自分を大切にする姿勢の表れです。
6.私には、間違う権利がある。
完璧でなくてもいいのです。
間違えることは、
学びと成長のきっかけでもあります。
7.私には、
考えや気持ちを変える権利がある。
一度決めたことでも、
状況が変われば
気持ちも変わるのは自然なことです。
過去の言葉に
しばられなくてもよいのです。
8.私には、
「よくわかりません」と言う権利がある。
知らないことや分からないことを
素直に認めることは、
誠実さのひとつです。
何でも知っている必要は
ありません。
9.私には、
欲しいものを欲しい、
したいことをしたいと言う権利がある。
自分の願いや思いを口に出すこと。
それは、自己表現の基本的な部分であり、
決してわがままではありません。
10.私には、
人の悩みの種を
自分の責任にしなくてもよい権利がある。
誰かの気持ちや問題に対して、
すべてを背負い込む必要はありません。
お互いが自分の感情に
責任を持つことが、
健全な関係を築くためには大切です。
11.私には、
周りの人からの評価を気にせず、
人と接する権利がある。
他人の目を気にしすぎて、
自分らしさを失ってしまわないように。
自分の軸で人と関わっていくことが、
心地よい関係の土台になります。
12.私には、
アサーティブでない自分を
選択する権利がある。
これは、とても大切な視点です。
アサーティブであることは
理想ではありますが、
いつもそうでなければならないわけでは
ありません。
「ノー」と言えないときが
あってもよいし、
あえて表現しないことを
選ぶときがあってもいいのです。
常にアサーティブに「ならなければ」
と自分を追い込んでしまうと、
かえってストレスになるでしょう。
無理のないペースで、
自分らしく向き合っていくこと。
それこそが、
アサーティブなあり方の
本質だといえるでしょう。
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「ノー」と言えるようになるには?
「ノー」と伝えるのが
苦手な人の多くは、
相手をがっかりさせたり、
怒らせてしまうのではないか
という不安を感じています。
「断ったら
嫌われてしまうかもしれない」
という思いが先立ち、
自分の気持ちを
抑えてしまうこともあるでしょう。
その結果、
無理に「イエス」と答えてしまい、
あとで後悔したり、
強いストレスを感じることも
少なくありません。
このような事態を防ぐためには、
日常の中で「ノー」と言う練習を
重ねていくことが有効です。
最初は小さなことからで
かまいません。
たとえば、お店で
不要なサービスを断ってみる、
友人と約束するとき
自分の都合も言ってみる――
そんな身近な場面から始めてみましょう。
こうした経験を
少しずつ積み重ねていくことで、
「ノー」と伝える力は
徐々に育っていきます。
そして、自分の気持ちを
アサーティブに表現できるようになると、
人間関係に伴うストレスが軽減され、
ちょっとずつでも「楽に生きる」感覚を
取り戻していけるでしょう。
断るときのポイントは、
シンプルに
自分の意思を伝えることです。
「申し訳ないけれど、
今回は参加できません」
「ありがとう。でも、
今は別の予定があります」
このように丁寧に、
率直に伝えればそれで十分です。
無理に理由を
説明する必要はありませんし、
ましてや嘘をつく必要もないのです。
必要以上に謝ることも
しなくて大丈夫です。
大切なのは、小さな「ノー」を重ねて
成功体験を積み上げていくこと。
その一つひとつが、自信となり、
やがてもっと大きな場面でも
ノーと言えるようになるでしょう。
たとえうまくいかなかったとしても、
それは失敗ではなく、
次への学びに活かせます。
自分を責めず、少しずつ、
自分のペースで
前に進んでいきましょう。
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境界線を守るルールをつくろう
アサーティブ・コミュニケーションを実践し、
「断る力」を育てていくうえで、
自分なりのルールを持っておくと、
それが心の指針となって
日々の場面で実践しやすくなります。
特に、
自分の境界線を守るためのルールを
あらかじめ考えておくことは、
迷いを減らすうえで
大きな助けになるでしょう。
ルールづくりに取り組むときは、
次の4つのステップが参考になります。
まず第一に、「どんなときに、
自分の境界を守れなかったと感じたか」を、
思いつくままに紙に書き出してみます。
たとえば、
「気乗りしない誘いを断れなかった」
「やめてほしいことがあっても
言えなかった」
「相手の機嫌を損ねないように、
自分の気持ちを抑えてしまった」など、
些細なことでもかまいません。
具体的に書き出すことで、
自分の傾向やつまずきやすい場面が
見えてくるでしょう。
次に、その中から
「今後は変えていきたい」と感じるものを
選んでください。
一度にすべてを改善しよう
と思わなくてもよいのです。
自分にとって
特に気になっているテーマに
しぼってみましょう。
三つ目のステップでは、
選んだ中から
「比較的取り組みやすそうなもの」
をピックアップします。
最初から難しいことに挑戦すると、
うまくいかなかったときに
自信をなくしてしまうこともあります。
まずは、小さな成功体験を
積むことを優先しましょう。
そして最後に、そのテーマに対して
「どんなルールを決めておけば、
自分の境界線を守れるか」を考えてみます。
大切なのは、無理のない、
実行しやすいルールであること。
自分にしっくりくるかどうかを基準に、
調整してみてください。
たとえば、
次のようなルールが考えられます。
気が進まないお誘いは、
その場で答えず、
後からメールで丁寧に断る
○○さんからの頼み事は、
今後は引き受けない
断るときには理由を言わず、
「気乗りしないんです」とだけ伝える
メールアドレスや携帯番号は、
親しい人だけに教える
家に仕事を
持ち帰らないようにする、
等々です。
もちろん、ルールは
人によって違っていていいのです。
ある人にとっては
「その場で断る」ほうが自然でも、
別の人にとっては
「一度持ち帰ってから断る」ほうが
やりやすいでしょう。
自分に合ったやり方を
選ぶことが何より大切です。
また、決めたルールが
うまく機能しないと感じたときには、
見直してかまいません。
最初から完璧なルールを
つくろうとする必要はないのです。
試行錯誤しながら、自分にとって
ちょうどいい形に
育てていくとよいでしょう。
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他人の境界線を尊重する
自分の境界線を守ることと
同じくらい大切なのが、
他人の境界線を尊重する姿勢です。
自分の境界線が
うまく引けていない人ほど、
他者の境界線にも、気づかずに
踏み込んでしまいやすい傾向があります。
自分と相手との境界があいまいだと、
無意識のうちに
相手のプライバシーや自由を
侵害してしまうことがあるのです。
だからこそ、他者の境界線を
大切にするためのルールも、
考えておくとよいでしょう。
たとえば、次のようなルールは
いかがでしょうか?
友人に電話をするときは、
「今、少し話せる?
何分くらい大丈夫かな?」と、
まず相手の都合を尋ねる
子どものやり方が気になっても、
すぐに口を出さず、見守る
恋人の行動を
LINEで細かく詮索することは
控える、等々です。
他人の境界線を
尊重するということは、
その人をひとりの独立した存在として
認める行為です。
「自分とは違う感じ方や考え方がある」
という前提を忘れずに、
その違いを当たり前のこととして
受け入れていくことです。
そんな姿勢こそが、
人とのつながりを健やかで、
心地よいものにしてくれるのです。
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おわりに:自分を守り、自分らしく生きるために
この記事では、
健やかな人間関係を築くための
「境界線を引く」
アサーティブ・コミュニケーション
について考えてきました。
自分の気持ちや欲求を
率直に伝えること、
必要な場面で
「ノー」と言う勇気を持つこと、
そして自分と他者、両方の
境界線を尊重する姿勢が
いかに大切かをお伝えしました。
森田汐生さんの
「『ノー』と言うとき覚えてほしいこと」
の言葉や、
私たち一人ひとりが持つ「12の権利」は、
どれもアサーティブなあり方を
支えてくれる大切な指針です。
自分を守ることと、
相手を思いやることは、
矛盾するものではありません。
むしろそれは、
どちらか一方に偏らず、
対等な関係を築いていくための
土台になるでしょう。
もちろん、いつも
理想通りにいくとは限りません。
思うように
言葉が出てこなかったり、
迷いが生まれたりすることも
あるでしょう。
それでも、少しずつ
経験を重ねることで、
自分の境界線を守る力は、
確実に育っていくでしょう。
そしてどうか、
「12の権利」の中にあった最後のひとつ、
「アサーティブでない自分を
選択する権利」も忘れないでください。
ときにはあえて
主張しないことを選ぶ、それもまた、
自分自身を守るための選択です。
大切なのは、それが
誰かに押しつけられた結果ではなく、
自分の意思で選んだものである
ということです。
あなたには、自分の時間や感情、
エネルギーを守る権利があります。
その権利を
適切に行使していくことで、
無理のない、健全で
あたたかな人間関係を
築いていくことができるでしょう。
失敗を恐れず、
小さな一歩から
始めてみてください。
あなたの「ノー」は、
あなた自身を守り、
まわりの人との関係を
より心地よいものへと
導く第一歩になるでしょう。