物事が思いどおりにいかないとき、
私たちはつい
「これは悪いことだ」と決めつけて、
嘆くことがあります。
反対に、
何かがうまくいったときには
「これはよいことだ」と感じ、
嬉しくなります。
しかし実際には、出来事のほとんどは、
そう単純に「よい」「悪い」で
割り切れるものではありません。
この記事では、
物事のよい面と悪い面、
その両方に目を向けることの
大切さについて考えます。
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人は「よい・悪い」で決めたくなる生きもの
私たちは日常生活の中で、
さまざまなことを
「よかった・悪かった」と判断しています。
今日の天気、仕事の結果、人との関係、
自分の言動など、気づけば物事を
「よかったこと」と「悪かったこと」の
二つの枠に当てはめようとしがちです。
この傾向は、
とても人間らしいものです。
曖昧さを抱えたまま生きていくことは、
常に答えを探し続けることになるので
心のエネルギーを消耗させるからです。
だからこそ私たちは、
「これはよいこと」「あれは悪いこと」
と決めることで、
頭の中を整理しようとするのでしょう。
でも、考えてみてください。
失敗は、本当に
「悪いこと」だけでしょうか?
心配性は短所であり、
悪い性格なのでしょうか?
人から嫌われることは、
常に「悪いこと」なのでしょうか?
いずれも、状況や時間軸、視点など、
さまざまな角度から見てみれば、
「悪いことしかない」というケースは、
ほとんどないはずです。
物事を「よい・悪い」という
二択の枠で判断するのは簡単です。
しかし、
そのように単純に分けてしまうことで、
その出来事に含まれている別の意味や
可能性を見逃してしまうことも
あるでしょう。
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心は悪い面に目が向きやすくできている
もしあなたが「どうして自分は
悪いことばかり気になるのだろう」
と感じているとしたら、
知っておいてほしいことがあります。
人間の脳には、もともと
「悪い情報」を優先して
処理する働きがあります。
心理学では、これを
「ネガティビティ・バイアス」と呼びます。
たとえば、
褒められた言葉が10個あっても、
たった1つの否定的な言葉が
頭から離れない。
今日うまくいったことがたくさんあっても、
1つの失敗ばかりを
何度も思い出してしまう。
こうした経験に、
心当たりがある人も
いるかもしれません。
これは、私たちの祖先が
危険な環境を生き延びるために
身につけてきた仕組みだ
と考えられています。
脅威をすばやく察知し、
最悪の事態を想定することは、
自分の身を守るうえで
役立ってきたのでしょう。
ただ、現代社会では、
その働きによって
必要以上に悪い面へ意識が向き、
自分を苦しめてしまうこともあります。
「ネガティビティ・バイアス」は、
人間に備わった自然な傾向です。
そのため、
「悪い面ばかりに目が向いてしまう自分」を
責める必要はありません。
まずは、
「人間にはそういう傾向があるのだ」
と知っておくだけでもよいでしょう。
一方で、
その傾向が強くなりすぎると、
物事を必要以上に悲観的に捉えたり、
自分自身を苦しめたりすることが
あります。
そのため、
悪い面ばかりに意識が向いていないか、
ときどき立ち止まって
見直してみることも大切です。
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意味づけ次第で感じ方が変わる
心理学には
「認知」という概念があります。
「認知」とは、
物事をどのように受け取り、
どのような意味を与えるかという意味です。
同じできごとでも、
その捉え方によって、
心への影響は大きく変わってくるものです。
たとえば、
仕事で上司から注意を受けたとします。
「私はダメな人間だ」と受け取れば、
自信を失い、
気持ちが落ち込んでしまうでしょう。
一方で、
「改善すべき点を具体的に教えてもらった」
「次に気をつけることが明確になった」
と受け取ることができれば、
同じできごとでも、
感じ方はずいぶん変わります。
その後の行動も、
より前向きなものに
なっていくでしょう。
こうした「意味づけの柔軟さ」は、
日常のさまざまな場面で役立ちます。
たとえば、心配性には、
不安になりやすいという
ネガティブな面があります。
しかし見方を変えれば、慎重に考え、
事前にしっかり準備できるという
長所にもなるのです。
頑固さも同じです。
他人の意見を受け入れにくい
という否定的な面がある一方で、
「自分の信念をしっかり持っている」
と肯定的に捉えることもできるでしょう。
繊細さには、刺激を受けやすく
疲れやすいという難しさがあります。
しかしその一方で、
人の気持ちや小さな変化に気づける、
豊かな感受性でもあるのです。
どちらの面も、
その人が持っている一つの側面です。
どちらか一方だけが
「正しい見方」なのではありません。
物事には複数の見方がある
と知ることで、
自分やできごとを
必要以上に否定せずに済み、
心も少し楽になるでしょう。
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自分の特性をどう活かせるかが重要
性格の話を、
もう少し掘り下げてみましょう。
私たちはしばしば、
自分の特性を「長所か短所か」
という二択で評価しようとします。
しかし、性格の特性は、
どんな状況で、
どのように表れるかによって、
その意味も変わってくるでしょう。
慎重な人は、
決断に時間がかかる傾向があります。
周囲から
「もう少し積極的に動いたほうがよい」
と言われることもあるかもしれません。
でも、その慎重さは、
大きな失敗を防いだり、
丁寧に準備したりする力にもなるでしょう。
感受性が豊かな人は、
些細なことに
傷ついてしまうことも多いです。
しかし、その繊細さがあるからこそ、
人の痛みに気づき、
相手に寄り添うことができるのです。
行動が早い人は、ときには
十分に考える前に動いてしまい、
ミスにつながることもあるでしょう。
その一方で、迷わず行動に移し、
チャンスをすばやくつかめる
という強みにもなります。
大切なのは、
「短所をなくす」ことを考えるのではなく、
「その特性をどんな場面で、
どのように活かすか」を考えることです。
弱点を克服しようとして
自分に厳しくしすぎると、
かえって自分を
追い詰めてしまうことになるでしょう。
それよりも、
自分の特性が活きる場面を探すほうが、
より自分らしい生き方につながります。
短所と長所は、
一枚のコインの裏表のようなものです。
ある場面では短所に見える特徴が、
別の場面では
大きな長所になることもあるのです。
だからこそ、
自分の性質を否定するのではなく、
まずは受け入れたうえで、
「この特性を
どう活かしていけばよいのだろう」
と考えていくことが大切です。
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つらい経験も、時間が経つと違う意味が見えてくる
失敗、別れ、挫折、
思い描いていた未来が叶わなかった経験……。
その真っただ中にいるときは、
「これはただの不幸だ」
としか感じられないでしょう。
でも、それは無理もないことです。
そのときにすぐ
「意味がある」と思えないのは
自然なことですし、
無理に「よかった」と
思おうとする必要もありません。
ただ、
時間が経ってから振り返ったとき、
「あの失敗があったから、
自分の本音に気づけた」
「あの遠回りがなければ、
今の仕事には出会えなかった」
「あの別れがあって初めて、
自分にとって大切なものがわかった」
と感じることもあるでしょう。
ここで
「つらいことには必ず意味がある」
と言いたいわけではありません。
そう言われると、
今まさに苦しんでいる人にとっては、
自分の痛みを否定されたように
感じるでしょう。
大切なのは、
「時間が経つことで、
今とは違う見方が
できるようになることもある」と、
心に留めておくことです。
今は「悪いこと」
としか思えないできごとも、
時間が経ち、
立つ場所や見る角度が変われば、
そこに別の意味が
見えてくることがあるからです。
そうした可能性を残しておくことが、
人生を長い目で捉えることにも
つながっていくでしょう。
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両面を見られるようになると、心に余白が生まれる
悪い面しか見えないとき、
心は不安や後悔に引っ張られ、
出口を見失いやすくなります。
反対に、
よい面だけを見ようとすると、
大切なことを見逃してしまったり、
自分の本音が置き去りになったりして、
かえって苦しくなることもあるでしょう。
どちらの状態も、
心を消耗させるものです。
では、
どうすればよいのでしょうか?
大切なのは、
どちらか一方だけを見るのではなく、
両方の面に
目を向けようとする姿勢です。
「このできごとは嫌だった。
でも、学べたこともある」
「この性格で苦労することもある。
でも、助けられている場面もある」
「この選択には不安もある。
でも、得られるものもある」
こんなふうに、二つの面を
同時に受け止めることができると、
心の中に少し余白が生まれます。
この「余白」こそが大切なのです。
心に余白があると、
状況を冷静に見つめ、
自分らしい選択をしやすくなるでしょう。
心が追い詰められていると、
物事を極端に捉え、
判断もどちらか一方に
傾きやすくなります。
でも、両方の面を見る柔軟さを
持てるようになると、同じ状況でも、
少し距離を置いて物事を見つめ、
より自分に合った適切な判断が
できるようになるでしょう。
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今日からできる「見方の練習」
最後に、日常の中ですぐに試せる、
小さな練習をご紹介しましょう。
まず、何か気になるできごとや、
つらい感情が浮かんだとき、
「このできごとのつらい面は何だろう」
と問いかけてみてください。
否定せず、
まずはそのまま認めましょう。
次に、「反対に、
少しでも得られたことや、
気づいたことはあるだろうか」と、
もう一つの視点から見てみます。
これは、
「別の側面もあるかもしれない」
と考えてみる練習です。
自分の性格について悩んでいるときは、
「この部分は、どんな場面で
役に立っているだろう」と考えてみると、
新しい見方ができるかもしれません。
心配性だったからこそ、
大切なことに
しっかり備えることができた経験は
ないでしょうか?
頑固さが、自分にとって大切なものを
守ってくれた経験はないでしょうか?
自分自身への問いかけが
難しく感じるときは、「もし親友が
同じことで悩んでいたら、
私は何と声をかけるだろう」
と想像してみてください。
私たちはしばしば、
他者にはやさしく、
自分には厳しくなりがちです。
親友にかける言葉を
自分にも向けてみることは、
心をやわらかくする一つの方法です。
こうした問いかけは、
一度考えたら終わりではありません。
折に触れて繰り返すことで、
少しずつ「両面を見る習慣」として
身についていくでしょう。
焦らず、自分のペースで
ゆっくり練習していけば十分です。
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おわりに
この記事では、
物事の「よい面」と「悪い面」の
どちらか一方だけを見るのではなく、
その両方に目を向けることの
大切さについてお伝えしました。
同じできごとでも、
どのように意味づけるかによって
感じ方は変わるものです。
短所だと思っていた性格の特性が、
場面によっては長所として
活かされることもあります。
今はただつらいとしか思えない経験も、
時間が経つことで、別の意味が
見えてくることもあるでしょう。
大切なのは、
何でも前向きに考えよう
とすることではありません。
つらいものは、
つらいままでよいのです。
そのうえで、「でも、これだけが
すべてではないかもしれない」と、
もう一つの見方も残しておくことです。
一つの見方だけで決めつけてしまうと、
見える世界まで狭くなり、
自分自身を必要以上に
苦しめてしまうことになります。
自分の性格も、過去のできごとも、
今抱えている悩みも、
一つの意味だけで決めなくてよいのです。
「嫌だった。でも、
それだけではないかもしれない」
「苦手なところはある。でも、
役に立っていることもあるかもしれない」
そんなふうに、ほんの少しだけ
別の見方を残してみてください。
物事を一方向から決めつけず、
色々な角度から眺められるようになると、
心には少しずつ余白が生まれていきます。
その余白は、つらいときに
自分を追い詰めすぎないための
支えにもなるでしょう。
今日から、自分やできごとを
一つの面だけで捉えるのではなく、
「別の角度から見ると、
どんなふうに見えるだろう」と、
もう一つの視点を加えてみてください。
その小さな習慣が、
これまで見えていなかったものに
気づくきっかけになるかもしれません。