身近な人が落ち込んでいたり、
つらそうにしていたりすると、
何とかして元気づけたいと思い、
つい励ましの言葉をかけたくなるでしょう。
それは、
相手を思いやる気持ちから生まれる、
ごく自然な反応です。
しかし、励ます側の善意とは裏腹に、
その言葉が相手にとって
重荷になってしまうことがあります。
この記事では、なぜ励ましの言葉が
負担になることがあるのか、そして
相手の心を支えるために
何ができるのかを考えます。
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励ましの言葉が苦しく聞こえるとき
「頑張って」という言葉は、
日常の中でよく使われます。
試験を受ける人や
仕事に取り組む人、
新しいことに挑戦する人にとっては、
力になる言葉です。
応援されていると感じ、
勇気が湧いてくることも
あるでしょう。
一方で、
すでに限界まで頑張っている人には、
「頑張って」がまったく違う意味に
聞こえることがあります。
たとえば、仕事で
心身ともに疲れ切っている人に
「頑張って」と声をかけると、
本人は「まだ努力が足りない」と受け取り、
苦しく感じるかもしれません。
家族の問題を一人で抱え続けてきた人に
「負けないで」と伝えると、
「弱音を吐いてはいけない」
と感じさせてしまうこともあります。
励ます側は、
「あなたなら乗り越えられる」
と伝えたいだけかもしれません。
しかし、相手には
「つらい気持ちを口にしてはいけない」
「元気にならなければならない」と聞こえ、
プレッシャーになることもあるでしょう。
「前向きに考えよう」という言葉も同じです。
心が弱っているときは、
前向きになろうとしても、
簡単に気持ちを
切り替えられるものではありません。
悲しみや不安は、
考え方を変えただけで
消えるものではないからです。
それにもかかわらず、
前向きになることを求められると、
つらい気持ちに加えて、
「前向きになれない自分はだめだ」
という自己否定まで
生まれることもあるのです。
また、
「私も同じような経験をしたけれど、
何とか乗り越えたよ」
という言葉にも、注意が必要です。
自分の体験を話すことが、
相手の希望になる場合もあります。
その一方で、相手は
自分のつらさを比べられているように感じ、
嫌な気持ちになることもあるでしょう。
「もっと大変な人もいるよ」という言葉も、
自分の苦しみを
「たいしたことではない」
と言われたように感じることがあります。
苦しみの大きさは、
誰かと比べて
決まるものではありません。
たとえ他の人には
小さなことに見えても、
本人にとって深刻であれば、
その苦しさは本物です。
このように、
励ます側に悪気がなくても、
その善意が相手にうまく伝わらず、
かえって負担になってしまうことは
少なくありません。
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人は「わかってもらえた」と感じることで安心する
では、励ますかわりに、
どのように接すれば
相手の心を
支えられるのでしょうか?
その答えは、
「相手の気持ちを
理解しようとすること」です。
悩みが解決したわけではないのに、
誰かに話を聴いてもらっただけで、
気持ちが楽になったことは
ないでしょうか?
状況は何も変わっていない。
それでも、
話す前より心が軽くなっている。
その理由は、自分の気持ちを
誰かと分かち合うことで、
「この苦しさを
一人で抱えなくてもよい」
と感じられたからでしょう。
人は、自分の気持ちを
わかってもらえたと感じると、
安心するものです。
心理学では、相手の感情や体験を、
その人の立場に立って
理解しようとすることを
「共感」と呼びます。
共感というと、
相手と同じ気持ちになることだ
と思うかもしれません。
しかし、共感とは、
相手の感情を自分も同じように
体験することではありません。
また、相手の意見にすべて
賛成することでもありません。
「あなたの苦しさを、
私が完全に理解することは
できないかもしれない。それでも、
あなたがどのように感じているのかを
知ろうとしている」
そのように相手の心に
近づこうとする姿勢が
「共感」です。
励ましの言葉が
負担になることがあるのは、
相手が「今のつらい気持ちを
わかってもらえなかった」
と感じる場合があるからです。
「元気にならなければならない」
と求められているように聞こえ、
今の自分を否定されたと
感じることもあるでしょう。
自分の感情を否定したり、
無理に追い払おうとしたりすると、
かえってその感情から
離れにくくなってしまいます。
「悲しんではいけない」と思うほど、
悲しみに意識が向いてしまうからです。
一方で、「悲しんでもよい」
「今は立ち止まってもよい」と思えると、
自分の感情を受け止め、
少しずつ整理していく
きっかけになるでしょう。
安心して
弱音を吐ける場所があることは、
心の支えになります。
自分の気持ちを
誰かに受け止めてもらうことで、
人は少しずつ安心を取り戻し、
再び前へ進む力を
見つけていけるのです。
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相手を理解するために、どのように話を聴けばよいのか?
ここでは、
相手に共感を示すための
「話の聴き方」について考えてみます。
まず大切なのは、
自分の考えや価値観を一旦横に置き、
心を白紙にするつもりで
相手の話を聴こうとする姿勢です。
相手の話を聴いていると、
「それは違うのではないか」
「こうしたほうがよい」と
自分の考えが
浮かんでくることもあるでしょう。
しかし、自分がどう思うかではなく、
相手がどのように感じているのかに
意識を向けることが大切です。
そのためには、
相手の話を途中で遮らず、
最後まで聴くようにします。
相手が話している途中で、
「それなら、こうすればよい」
「私だったらこうする」
と助言したくなっても、
そこはぐっと抑えましょう。
相手が求めているのは、必ずしも
問題の解決方法とは限りません。
まずは、自分の気持ちを
誰かに受け止めてもらいたい
と思っていることも多いからです。
「そうだったんだね」
「それはつらかったね」と
相手の気持ちに沿った言葉を
返してみましょう。
大切なのは、相手の話や気持ちを
受け止めようとする姿勢が
伝わることです。
相手の言葉を
短く言い換えて返すことも、
理解を示す方法の一つです。
たとえば、
「仕事に行くことを
考えるだけで苦しくなる」
と相手が話したときには、
「仕事のことを考えるだけでも、
つらくなるんだね」と返します。
こうして相手の言葉や感情を
確かめながら聴くことで、
「きちんとわかろうとしてくれている」
と感じてもらいやすくなるでしょう。
ただし、相手の気持ちを
決めつけないことも大切です。
相手の感情を断定するのではなく、
「悲しい気持ちなのかな」
「今はどんな気持ち?」と尋ねるほうが、
相手は自分の言葉で
気持ちを表しやすくなるでしょう。
たとえ自分の受け止め方が
相手の気持ちと違っていても、
本人に確かめることで
理解を深められます。
また、相手が黙り込んだときに、
急いで言葉を続ける必要はありません。
沈黙している間に、
自分の気持ちを
整理していることもあります。
言葉にならないほど
深い悲しみを
感じていることもあるでしょう。
そのようなときは、
無理に質問を重ねず、
静かに待つことも、
相手を理解しようとする姿勢です。
何もしていないように見えても、
その静かな寄り添いが
相手の心を支えていることも
あるからです。
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励ましが力になるのは、理解されたあと
ここまで読んで、「それでは、
人を励ましてはいけないのだろうか」
と疑問に思った方もいるでしょう。
しかし、決して
そういうことではありません。
励ましは、
適切なタイミングで
心を込めて伝えられれば、
相手の心を支える力になります。
問題なのは、
相手の気持ちを十分に理解しないまま、
励ましの言葉をかけることです。
相手が
どう感じているのかを確かめず、
ただ「頑張って」「元気を出して」と伝えても、
その人の感情を
置き去りにしてしまうことが
あるからです。
一方で、話を聴いてもらい、
自分の気持ちを受け止めてもらえた
と感じたあとであれば、
励ましの言葉も
受け取りやすくなるでしょう。
たとえば、
つらい出来事を話してくれた人に、
すぐに「頑張って」と言うのではなく、
まずは相手の思いに耳を傾けます。
「それはつらかったんだね」
「ここまで一人で抱えてきたんだね」
このように言葉を返すことで、
相手は「自分の気持ちを
わかろうとしてくれている」
と感じられるかもしれません。
相手の気持ちを
受け止めたあとであれば、
必要に応じて、
「私にできることがあれば、
遠慮なく言ってね」
「話したくなったときは、いつでも聞くよ」と、
自分にできることを
伝えてもよいでしょう。
このときも、
無理にアドバイスをしたり、
解決方法を押しつけたりすることは
避けます。
相手が助けを求めたときに、
自分にできる範囲で
協力したいという気持ちを
そっと伝えるだけで十分です。
励ましには、
さまざまな形があります。
相手がまだ前を向けていないときには、
「一人で抱えなくていいよ」
「話してくれてありがとう」と
安心を伝える言葉が支えになるでしょう。
そして、相手が
少し前へ進もうとしている様子が
見えたときには、
「あなたが決めたことを応援しているよ」
「必要なときは、遠慮なく話してね」と
その人の決断を尊重する言葉を
かけることができるでしょう。
このような励ましは、
相手を無理に
前向きにさせるものではありません。
相手が自分で選んだ方向へ
進もうとする気持ちを、
そっと支える言葉です。
まずは、
相手のことを理解しようとすること。
そして、
その人の気持ちや歩みに合わせて、
必要な言葉を届けることが大切です。
励ましは、
相手をこちらの望む方向へ
引っ張るためのものではありません。
相手の歩みを尊重し、その人が
自分の力で進んでいくことを
支えるものなのです。
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一人で支えられる範囲には限界がある
人を支えるためには、
相手の話を聴き、その気持ちを
理解しようとする姿勢が大切です。
ただし、理解しようとするあまり、
自分まで苦しくなってしまう必要は
ありません。
身近な人が深く悩んでいると、
「自分が何とかしなければ」
と思うことがあるでしょう。
相手の話を何時間も聴き続けたり、
いつ連絡が来ても応じたり、
自分の生活を後回しに
したりするかもしれません。
しかし、
一人で支えられる範囲には
限界があります。
相手を理解することは、
相手の問題をすべて
背負うことではないのです。
話を聴いていて
自分まで苦しくなったときは、
「今日はここまでなら聴けるよ」
と伝えてもかまいません。
専門的な支援が必要だと感じたときは、
カウンセラーや医療機関などに
相談することを勧めてもよいでしょう。
「自分だけでは支え切れない」
と認めることは、
冷たいことではありません。
むしろ、自分と相手の両方を
大切にするために必要な判断です。
相手の人生を
代わりに生きることはできません。
相手の苦しみを
すべて消すこともできません。
けれども、
「あなたの話を聴いている」
「あなたの気持ちを知ろうとしている」
と伝えることはできます。
理解することは、
相手の問題をすべて
解決することではありません。
相手の気持ちに寄り添い、
「一人ではない」と
感じてもらえるように
支えることなのです。
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おわりに
この記事では、
なぜ励ましの言葉が
負担になることがあるのか、そして
人の心を支える「理解」とは
どのようなものなのかを
心理学的な視点から考えました。
身近な人が苦しんでいるとき、
私たちは何か役に立つことを
してあげたいと思い、
励ましの言葉をかけることもあるでしょう。
しかし、ときには、
善意から出たその言葉が、
相手にとって
負担になってしまうことがあります。
そのようなときに大切なのは、
すぐに励ますことではなく、
まずは相手を理解しようとする姿勢です。
「何があったのだろう」
「この人は、今どのように感じているのだろう」
そのように
相手に関心を向けることが
理解の始まりです。
すぐに励まさず、
すぐに答えを出さず、
相手の言葉に耳を傾ける。
悲しんでいる人には、
悲しみを語れる時間をつくる。
怒っている人には、
その怒りの奥にある
傷つきを知ろうとする。
疲れている人には、
立ち止まることを許す。
そのような関わりが
人の心に安心をもたらすのです。
人は、
安心できる場所があるからこそ、
自分の気持ちと向き合えます。
そして、
自分の気持ちを受け入れられたとき、
少しずつ次の一歩を
考えられるようになるでしょう。
励ますことを急がず、
まずは理解しようとする。
その関わりが、
相手の苦しみを少しでもやわらげ、
その人が自分の力を
取り戻すきっかけになるでしょう。