ささいな出来事でも
ひどく落ち込んだり、
不安が膨らんでしまう──
そんなことが頻繁に起きれば、
もしかしたらその背景には
「認知の歪み」が
潜んでいるのかもしれません。
「認知の歪み」とは
偏った見方や極端な解釈で
物事をとらえてしまう
思考のクセのことです。
この記事では、多くの人が持つ
「認知の歪み」の典型例5つを
詳しく解説します。
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認知の歪みとは?
「認知の歪み」とは、
現実に起きている出来事や情報を
正しく受け止められず、
見え方や感じ方に
偏りが生じてしまう
心の状態のことを指します。
誰にでも少なからず
この傾向はありますが、
その度合いが強くなると、
物事を必要以上に否定的に、
あるいは極端に
解釈してしまいがちです。
まるで心のレンズが曇り、
本来の景色の色合いが
変わってしまったかのように、
実際よりも悲観的な世界が
広がって見えてしまうのです。
この歪みは、
私たちの思考や感情、そして
行動にまで
大きな影響を及ぼします。
根拠のない思い込みを
事実だと信じ込んでしまったり、
反対に明らかな証拠を
無視してしまったり…。
その結果、誤った判断や
極端な行動につながることも
少なくありません。
気づかないうちに
落ち込みや怒りが増え、
人間関係のトラブルや
強いストレスを
招くこともあるのです。
さらに厄介なのは、
この歪みが慢性化すると
悪循環を生んでしまう点です。
否定的な考え方が気分を沈ませ、
その落ち込みが
新たな歪んだ思考を呼び起こす…。
こうして負の連鎖に
陥ってしまうのです。
実際、認知の歪みは
うつ病や不安障害と
深く関わっているとされ、
自己評価の低下や
将来への悲観にもつながります。
その結果、「なんだか生きづらい…」
という感覚を抱きながら
生活することになるのです。
この記事では、
代表的な認知の歪みを
まず5つご紹介します。
次回はさらに新たな5つを加え、
合計10種類の歪みについて、
日常の具体的な場面を交えながら
詳しく解説していきます。
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全か無か思考 ― 白か黒かの極端な考え方
最初にご紹介するのは
「全か無か思考」です。
これは、物事を
「白か黒か」「0か100か」と
極端に二分して
捉えてしまう考え方を指します。
ほんの小さなミスや
未達成があるだけで、
「もう完全に失敗だ」
と決めつけてしまい、
中間のグレーゾーンが
見えなくなるのが特徴です。
特に、完璧主義の傾向が強い人に
多く見られる
認知の歪みと言えるでしょう。
たとえば、
大学受験を控えた学生を
思い浮かべてみてください。
この学生は志望校合格を目指し、
模擬試験では常にA判定を目標に
努力してきました。
これまでは実際に
A判定を取り続けていたのですが、
ある模試でB判定が出た瞬間、
「もうダメだ、合格は無理だ」
と完全に諦めてしまったのです。
しかも、そのB判定は
A判定にわずかに届かなかっただけで、
合格の可能性は
十分に残っていました。
それでも「A判定でなければ失敗」
という極端な思い込みが、
勉強への意欲を
一気に奪ってしまったのです。
職場でも
同じようなことが起こります。
ある営業マンは
月間売上目標を100万円に設定し、
ほとんどの月で達成していました。
しかし、ある月の売上が
95万円にとどまったとき、
「目標未達成だから完全な失敗だ」
と考え、
深く落ち込んでしまったのです。
95万円という大きな成果を
上げているにもかかわらず、
「完璧でなければ意味がない」
という思考が、
自分の努力そのものを
否定してしまいました。
この「全か無か思考」は
完璧主義と密接に関わっており、
常に100点満点を求めるあまり、
十分な成果を上げても
満足感を得られません。
その結果、不満や不足感、
さらには自己否定感を抱きやすくなり、
幸福から
遠ざかってしまうのです。
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一般化のしすぎ ― 「いつも・必ず」と考えてしまう癖
「一般化のしすぎ」とは、
ほんの一度や二度の出来事を根拠にして、
「いつもこうだ」「必ずこうなる」
と決めつけてしまう
認知の歪みのことです。
限られた経験を
そのまま全体に
当てはめてしまうため、
偶然の出来事であっても
「今回ダメだったから、
次もきっとダメだ」と未来まで
否定的に感じてしまいます。
特に、ネガティブな場面で
「いつも」「絶対に」
といった言葉が
口癖になっているとき、
この思考パターンが
潜んでいる可能性が高いです。
たとえば、就職活動で
3社連続して不採用になった人が、
「自分はどこにも採用されない人間だ。
これからもずっと
仕事に就けないだろう」
と絶望してしまうケースがあります。
実際には、就職活動で
10社以上受けることは珍しくなく、
3社の不採用は
特別なことではありません。
それでも、
限られた経験を
過度に一般化してしまうことで、
自分の可能性を
自ら閉ざしてしまうのです。
恋愛でも
同じようなパターンが見られます。
ある男性は、2回連続で
告白を断られたことから、
「自分は女性に
愛されるタイプではない。
一生独身に違いない」
と結論づけてしまいました。
わずか2回の経験をもとに、
恋愛の未来すべてを否定してしまい、
新しい出会いを求める気力すら
失ってしまったのです。
この認知の歪みは、いわば
「統計的な視点の欠如」
と言えるでしょう。
ほんの少数の経験だけで
全体を判断しようとするため、
現実からかけ離れた結論に
至ってしまうのです。
その結果、本来なら改善や
成長のきっかけとなるはずの経験が、
「もう無理だ」という諦めにつながり、
自分の可能性を
狭めてしまうのです。
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部分的焦点づけ ― 悪い部分だけに目が行く心のフィルター
「部分的焦点づけ」とは、
物事のネガティブな側面ばかりに
注意が向き、
ポジティブな要素を
見落としてしまう
認知の歪みのことです。
良い出来事や肯定的な評価は
記憶から抜け落ち、
悪い情報だけを
拾い集めてしまうため、
全体像を
正しくとらえられなくなります。
その結果、必要以上に
悲観的になりやすいのです。
たとえば、ある教師が
クラスの保護者面談で、
25人中23人から
「先生のおかげで
子どもが学校を好きになりました」
「とても熱心に
指導していただいています」
といった高い評価を受けました。
しかし、残りの2人から
「もう少し宿題を増やしてほしい」
「連絡帳の返事が詳しいと助かります」
という要望を受けた瞬間、
23人からの称賛は頭から消え去り、
その2件の意見だけに
意識が集中してしまいました。
そしてついには、
「私は教師として失格だ」
と思い詰めてしまったのです。
会社員にも
似たようなケースがあります。
ある社員はプレゼンテーション後、
10人中9人から
「とても分かりやすかった」
「参考になった」という
好意的なフィードバックを受けました。
ところが、1人から
「データの根拠がもう少しあると良い」
という指摘を受けただけで、
その言葉だけが強く残り、
「プレゼンは完全に失敗だった」
と結論づけてしまったのです。
人間の脳は危険を回避するため、
もともとネガティブな情報に
敏感に反応するよう
進化してきました。
それは生き延びるためには
必要な働きでしたが、
この機能が過剰に作用すると、
現実を正しく見ることが
できなくなります。
その結果、
自分を過度に責めたり、
必要以上に苦しむことに
つながってしまうのです。
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プラスの否認 ― ポジティブを素直に認められない思考
「プラスの否認」とは、
良い出来事やポジティブな評価を
素直に受け取れず、
過小評価したり
「大したことではない」
と打ち消してしまう考え方のことです。
せっかくの成功や称賛を前にしても、
「自分はたまたま運が良かっただけだ」
「こんなのは誰にでもできることだ」
と感じてしまいます。
ポジティブな事実を
そのまま認められず、
自分の価値を
低く見積もってしまうのが特徴です。
たとえば、
あるフリーランスのデザイナーが
クライアントから
「このデザインは素晴らしい!
あなたは本当にセンスがありますね」
と絶賛されたとします。
しかし彼女は、
「いえ、そんなことありません。
他のデザイナーでも
同じものを作れるでしょう」と答え、
心の中では
「きっとお世辞を言っているだけだ」
と感じていました。
実際には、そのデザインは
彼女自身の独創性と技術力の
結晶だったにもかかわらず、
その価値を自分で認めることが
できなかったのです。
また、会社で
昇進の辞令を受け取った人が、
本来なら誇らしく思えるはずなのに、
「たまたまポストが空いただけで、
自分が優秀だからではない」
と考えてしまうこともあります。
真面目に成果を積み重ねて
得た評価であっても、
この思考パターンのせいで
成功を素直に受け入れられず、
自分の実力を
過小評価してしまうのです。
この認知の歪みの背景には、
多くの場合「低い自己肯定感」
が隠れています。
「自分には価値がない」
という思い込みがあるため、
外部からのポジティブな評価と、
自分の内面にある自己イメージの間に
大きなギャップが生まれます。
そして、
その矛盾を埋めようとして、
外部の評価を
否定してしまうのです。
結果として、本来なら
自信や満足感の源になるはずの
成功体験が、かえって不安や疑念を
生むことすらあります。
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早まった結論 ― 悲観的な結論を急ぐ考え方
「早まった結論」とは、
十分な根拠もないままに
性急に判断を下してしまう
認知の歪みのことです。
特に厄介なのは、その結論が
ネガティブな方向に
偏りやすい点です。
代表的な形としては、
相手の本心を勝手に推測してしまう
「心の読みすぎ」や、
まだ起きてもいない未来を
悪い方向に断定してしまう
「先読みの誤り」があります。
まずは「心の読みすぎ」の例を
見てみましょう。
ある会社員が朝オフィスに出勤し、
隣の席の同僚に
「おはよう」と声をかけました。
普段なら明るく
返事をしてくれる同僚ですが、
その日は不機嫌そうに見えました。
すると彼女は不安になり、
「私、何か怒らせるようなことを
言っただろうか…?」
と考え始めました。
昨日の会話を思い返し、
「そうだ、あの時の一言で
気分を害したに違いない」
と結論づけてしまったのです。
その後は声をかける勇気もなく、
一日中モヤモヤを抱え続けました。
夜になっても不安は消えず、
「どうしてあんなことを
言ったんだろう」
と自分を責め続けました。
ところが翌日、同僚は
いつものように明るく「おはよう!」
と声をかけてきて、実は前日、
出勤前に夫と大喧嘩をしていたことを
打ち明けてくれたのです。
つまり、その不機嫌は
自分とはまったく関係が
なかったのです。
次に「先読みの誤り」の例です。
ある大学院生は
研究発表を前にして、
「きっと質問に答えられず恥をかく。
教授たちから
無能だと思われるだろう」と、
まだ何も起きていないのに
悲観的な未来を思い描きました。
その不安のせいで
準備に集中できず、
発表のための十分な時間を
確保できませんでした。
そして当日、予想通り
質問にうまく答えられず、
「やっぱり失敗した」
と落ち込む結果になったのです。
これは、根拠のない悲観的な予測が
現実に起きてしまうという
「自己成就予言」の典型例だ
と言えるでしょう。
このように「早まった結論」は、
不完全な情報しかない状況で
性急に答えを出そうとすることで
生じます。
人間の脳は不確実さを嫌うため、
情報が不足していても
とにかく結論を求めがちです。
しかし、その結論は
誤っていることが多く、
不要な心配や誤解を招き、
かえって自分を
苦しめてしまうのです。
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おわりに
この記事では、
生きづらさの背景には
しばしば「認知の歪み」が
潜んでいることをお伝えしました。
日常の中で
何気なく繰り返している
考え方のクセが、
気持ちを沈ませたり、
自信を奪ったりしてしまい、
結果として
自分を苦しめてしまうのです。
今回はその中から、
・白か黒かで物事を判断してしまう
「全か無か思考」
・限られた経験から
全体を決めつける「一般化のしすぎ」
・悪い部分だけに意識が向く
「部分的焦点づけ」
・ポジティブな出来事を
受け入れられない「プラスの否認」
・根拠なく
悲観的な結論に飛びつく
「早まった結論」
の5つをご紹介しました。
こうした認知の歪みは、
誰にでも多少はあるものです。
問題となるのは、
その傾向が
強くなりすぎるときです。
過剰になりすぎれば、
不必要に悲観的になり、
生きづらさの原因と
なってしまうでしょう。
大切なのは、まず「自分にも
こうした傾向がある」
と気づくことです。
気づければ、
その思考のクセを意識し、
少しずつ緩めていくことが
できるでしょう。
次回の記事では、今回とは別の
代表的な認知の歪みを
さらに5つ取り上げ、
解説していく予定です。
自分を縛る思考のクセを理解し、
少しずつ緩めていくことで、
自分自身を楽にしてあげるための
ヒントになれば幸いです。