日本とニュージーランド、
どちらの国にも長く住んだ私には、
両国のさまざまな違いが
はっきりと感じられます。
特に興味深いのは、
家族内の人間関係の違いです。
今回は、
このトピックに焦点を当てて
お話ししたいと思います。
まず、誤解を避けるために一点、
はっきりさせておきたいことが
あります。
この記事で使用する「子ども」
という言葉は、幼い子どもではなく、
すでに成人した子どもを
指していることをご理解ください。
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日本では成人した子どもの決断に親が関与することも多々ある
ニュージーランドに来てから、
ホームステイ先の家族や親せきと接し、
さらに、ニュージーランド人と結婚して
夫の家族や親せきと接する中で、
私は一つのことに気づきました。
それは、両国の親子関係には、
かなりの違いがあるということです。
この違いの中心にあるのは、
親と子どもの
心理的な距離感の取り方です。
日本では、親子間の心理的な境界線が
あいまいな傾向にありますが、
ニュージーランドでは、
たとえ親子であっても、
子どもが成人したあとは、
お互いに心理的な境界線を明確にして、
関係は比較的あっさりとしています。
たとえば、日本では、
子どもが就職先や結婚相手を選ぶ際、
親の意向が大きく影響することも
少なくありません。
人生の重要な決断に対し、
経験豊富な親が
アドバイスをすることが
子どものためになる
と考えるからでしょう。
親は愛情を込めて、
子どもにとって最善と思われる選択が
なされるように
意見を述べたりアドバイスをしたり
するわけです。
日本で長く生活していると、
これはごく普通のことと
感じられるでしょう。
しかし、ニュージーランドでは、
成人した子どもの決断に
親が関与することは、
過干渉と見なされる傾向があります。
特に、この国の多数派である
イギリス系の移民たちの間では、
日本のような親の干渉は
非常に異質に感じられることも
珍しくないようです。
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子ども本人の意向よりも、親の意見が尊重された事例
日本の友人の話ですが、
彼女は交際中の人がいて、
彼との結婚を望んでいました。
しかし、彼女の両親は
その人を受け入れられず、
猛反対をしました。
その理由は、
彼女が大学卒であるのに対し、
彼は高卒だったため、
学歴が問題視されたのです。
親は、学歴が低い人との結婚は
娘の幸福につながらない
と信じていたため、彼らを引き離し、
親が望む相手とのお見合いを強いました。
結果として、
彼女は自分の望む相手を諦め、
親の選んだ相手と結婚したのです。
このように、
日本では子どもが我慢して、
親の望む相手と
結婚することも珍しくありません。
また、私の日本の知人の話では、
彼は高校時代に
友達とバンド活動をしており、
将来は音楽の道を志していました。
しかし、親は
音楽で生計を立てるのは困難だと考え、
より安定した職業をすすめました。
それは単なるアドバイスというより、
かなり強引なものでした。
結局彼は、自分の夢を諦めて、
親のすすめる大学へ進学することになり、
卒業後は親のアドバイス通り
国家公務員になったのです。
日本では、
子ども自身に将来の夢があっても、
親が賛成しないためにその夢を諦め、
親の選んだ道を歩むケースも
少なくないと思います。
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イギリス系ニュージーランド人はまったく違う考え方をする
日本で生まれ育った人には、
親が子どもの就職先や
結婚相手を選ぶことが
普通に思えるかもしれません。
人生の重要な決断において、
経験豊富な親が
子どもにアドバイスをし、
子どもを良い方向に導くことは
悪いことだとは考えないでしょう。
しかし、多くのニュージーランド人、
特にイギリス系の人々にとっては、
これは非常に異質なことです。
ニュージーランド的な考え方では、
子どもは親の分身でも
所有物でもありません。
親からは独立した別の人間です。
就職や結婚相手の選択など、
人生における大きな決断は、
子ども自身の課題であり、
子ども自身が決めるべきだ
と考える人が大多数です。
もちろん、親が人生の先輩として
アドバイスをするのは良いことですが、
最終的な決断は
子ども自身に委ねられるべきだと
考えるわけです。
子どもの意向を尊重せず、
親が良いと思うことを強要するのは、
親子間の心理的な境界線が
きちんと引かれていないことの表れだと、
多くのニュージーランド人は
捉える傾向にあります。
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日本における母子連合の強さ:夫婦連合よりも優先?
日本では、
結婚した子どもの家庭に対して、
親が意見を述べたり、
干渉したりすることは
珍しくありません。
たとえば、
義理の母親が嫁に電話をかけ、
「こうしたほうがよい」「ああしたほうがよい」
「それはすべきではない」といった
アドバイスをするケースです。
お嫁さんにとっては、
義理の母からの
このようなアドバイスは
迷惑に感じられるでしょう。
嫁がこのことを夫に訴えた場合、
夫が「なぜ君は僕の母親のことを
そんなに悪く言うのか!」と反論し、
母親の肩を持つことも
少なくありません。
このような場合、夫婦の絆よりも、
母子の関係のほうが
強固であると言えるでしょう。
親子間の親密な関係は
悪いことではありませんが、
夫婦という横の関係よりも
親子という縦の関係が優先されることは、
健全ではないと感じられます。
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日本における「毒親」問題の背景
日本とニュージーランドでは
文化も大きく異なりますので、
どちらが良いか悪いかと
判断するのは適切ではないと思いますが、
少し残念に感じることがあります。
日本では
「毒親」という言葉が広まっており、
自分の親を毒親だと
感じる人も少なくありません。
これは、おそらく
成人した子どもに対しても、
親子間の境界線が不明瞭で、
親が子どもの領域に
干渉してしまうことが
原因の一つではないでしょうか?
日本では、子どもの人生を
自分の思い通りに
コントロールしようとする親が
珍しくないようですが、
ニュージーランドでは
そうした傾向がないため、
日本のような毒親問題はあまり聞きません。
なぜ日本の親子関係が
このようになるのかと言えば、
成人しても親と同居する人が
多いからだと思います。
子どもが小さなうちから
親は子どもの世話をして
指導してきたため、
成人しても同居していると、
親は子どもを以前と同様に
指導し続けてしまうのでしょう。
理想的には、
成人した子どもは親とは別に住み、
独立したほうが望ましいです。
そうすることで
健全な関係性が
築きやすくなるからです。
しかし、現在の日本社会では、
経済的な自立が難しい若者も多く、
親との同居を余儀なくされるケースも
少なくないでしょう。
経済的になんらかの形で
親に世話になっていれば、
子どもも立場的に弱く、
親の言う通りに従わなければならない
と考えてしまうのも
無理のないことだと思います。
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終わりに
私も日本にずっと住んでいたら、
親子間の境界線が曖昧な
日本の傾向に
気づかなかったかもしれません。
周りの人々もそれを当然だと考え、
私も同じように思っていたでしょう。
しかし、ニュージーランドでの生活が
日本での生活よりも長くなった今、
私は日本の親子関係に
かなりの違和感を覚えています。
正直なところ、
親子間の境界線が明確でないことは、
不健全な依存関係を生む原因となり、
望ましいことではないと考えます。
また、子どもが主体的に
生きることを妨げる場合も多いので、
とても残念に思います。
今回私が話したことは、
私個人の意見にすぎず、
必ずしも正しいとは限りません。
一つの意見として
お読みいただければ幸いです。
また、すべての日本人が
そうだと言っているわけでもなく、
あくまでも一般的な傾向について
述べたものです。
この点をご理解いただけると
嬉しいです。
この件については、
私のYouTubeチャンネルでも
話していますので、
ぜひそちらもご覧ください。