神さまからの助け舟

この記事のタイトルに
「神さま」という言葉が入っているが、
私は宗教をやっているわけでもないし、
宗教団体にも所属していない。
ただ、目には見えない大きな力、
自分の能力では到底理解できないような
神さま的な存在があることを
感覚的に感じている。
理屈では説明できない
目には見えない不思議な力が
働いていることを感じている。

今回の話は、昔、私が経験した
不思議な出会いについて。

その当時、私は第二子を妊娠していた。
定期検診で、医者から妊娠糖尿病を告げられ、
治療を始めたばかりの時だった。
とりあえずは、食事制限を試してみて、
それでも改善が見られないなら、
インシュリン注射をしよう
ということになっていた。

私は甘いものが大好き。
私の住むニュージーランドでは
甘党が多いせいか、
お砂糖たっぷりのお菓子が充実している。
ケーキやビスケット、チョコレートも
日本のものに比べれば、
かなり砂糖が多くて、甘ったるい。
でも、私はその甘ったるいお菓子が
大好きで、毎日、欠かさず食べていた。

妊娠糖尿病になったので、
今まで食べていたお菓子類は
一切食べてはいけない、
と医者から厳しく言われた。
お菓子類のみならず、
普段の食事についても
かなり色々制限があり、
虚しい気持ちでいっぱいだった。

妊娠中はある時期、すごく食欲が増す。
母体と赤ちゃんの両方に
栄養を送らないといけないから、
当然と言ってもよいだろう。
お腹が空いて、ご飯を食べても、
またすぐにお腹が空いて食べたくなる。
そんな状態の時に、
「食べてはいけません。
きちんと食事を制限できなければ、
母体に危険を及ぼすだけでなく、
赤ちゃんにも影響します」
と言われて、不安な気持ちになった。

このことを日本の母に話したら、
「だから言ったでしょ。
生活習慣に気を付けなければ、
こういうことになるって、
前から言っていたでしょ。
それなのに、きちんとできなかったから、
そういうことになるのよ。
本当に困った人ね。あんたと言う人は」
と責められるばかり。
私が非常に落ち込んでいるのに、
共感してくれる様子は全くなく、
ただただ「あんたが愚かだったから
こういうふうになってしまった」
と私に罪悪感を持たせるような
ことしか言わなかった。

ああ、何て悲しいことか。
母からの冷たく見放すような発言と、
医者から言われた身体の危険のこと、
食事制限で、自分が好きな物を
食べられないこと、
お腹が空いても我慢しなければならないこと、
これらのことが、私の頭の中をグルグル回って、
虚しく、悲しく、ひもじい思いでいっぱいだった。

そんなある日、
私は朝の散歩で自宅周辺を歩いていた。
お腹が空いて仕方ない。
でも、自分が思うように食べられない。
母親の口から出た「だから言ったでしょ」
という言葉が私の中で何度も繰り返された。
それと同時に、私は無事に出産できるのか?
と不安な気持ちも出てきた。

20分ほど近所を歩いて、
自宅近くに戻って来た時、
私の目からは涙がこぼれていた。
涙で視界がぼやけていた時、
私の目の前に誰かが突然現れて、
私のことを見ているのに気づいた。

なんだか、すごく優しそうな目つきで
その人は私のことを見ていた。
「いったいどうしたの?
何か悲しいことがあったんだね」
と言って、その人は私のことを
優しく抱きしめてくれた。
私は急に不思議な安堵感を感じて、
その人に抱きしめられながら、
思いっきり泣いた。

涙が出るだけ泣いて、
気分が落ち着いた時、私は我に返った。

この優しそうな人は
インド人のおばあちゃんだった。
インド系シンガポール人で、
ニュージーランドに来たばかりの人だ。
この国で暮らす息子、娘と一緒に生活するために、
シンガポールから移民してきたばかりの
70代くらいのおばあちゃんだった。

見ず知らずのおばあちゃんに
優しく抱かれて泣いていた私は、
気持ちがおさまってから、
なぜ、悲しいのか、虚しいのか、
ツラいのか、その理由を説明した。

普通に考えれば、
初対面の人に抱かれて、
自分のパーソナルの話を
突然始めることは、
私の性格上、考えられないことだ。
でも、その時には、知らない人なのに、
なんだか、すごく懐かしいような気持ちがして、
その人の優しいオーラに包まれて、とても安心した。
悲しいこと、虚しいこと、ツライことを
すべて正直にお話して、慰めて貰った。

このおばあちゃんの名前はラクシャミ。
出会ったばかりなのに、
すごく親しげに自分の状況も話して下さった。
実は、ラクシャミの娘さんも糖尿病だった。
でも、ニュージーランドで無事に出産できたと言う。
「シンガポールではね、糖尿病だったら、
妊娠しても、人工的に妊娠を終了させるように
お医者さんが勧めるのが普通なのよ。
でも、ニュージーランドでは違うわよ。
ニュージーランドのお医者さんは、
糖尿病の妊婦さんが安全に
赤ちゃんを産めるように、
全力を尽くしてくれるから、
あなたもきっと大丈夫よ。
心配することはないわよ」と優しい口調で話した。

突然出会ったラクシャミに励まされて、
私はその後、すごく元気になれた。
なんだか分からないけれど、
ラクシャミから元気とエネルギーを与えられた。
すごく不思議な感覚があった。

それから数カ月後、
私は無事に元気な男の子を出産した。
色々心配されていた出産時の危険も
全くなく、普通分娩で出産できた。

赤ちゃんが3カ月になった頃、
私の日常生活も大分落ち着いてきた。
そんなある日、私は近所に住んでいた
ラクシャミにお礼を言うために
彼女から聞いていた住所を目指して、
ラクシャミの家に向かった。
でも、残念なことに、その時には
ラクシャミは既に引っ越しをしていて、
その場所には住んでいなかった。
彼女の行き先を知っている人はいなかった。

それから暫くして、
私の息子が2歳になった頃、
私は近所のスーパーマーケットで
突然、ラクシャミと再会することとなった。
ラクシャミはあの時とは全く変わっておらず、
にこやかに笑っていて、
明るく優しいオーラを出していた。

「あれからすぐに、私は息子の住む家に
引っ越すことになったのよ」とのこと。
「もうすぐ、息子が私を車で迎えに来るから」
と言って、ラクシャミは急いで
スーパーマーケットの駐車場に向かった。

でも、とりあえずは、無事に出産できて、
2歳になる息子が元気に
すくすくと成長している姿を
ラクシャミに見せることができた。
「本当に、あの時は有難うございました。
酷く落ち込んでいた私に
励みとエネルギーを与えて下さって、
私はとても感謝しています」と
きちんとお礼を言うことができた。

今、この出来事を思い出しても、
不思議な気持ちになる。
私が一番ツラい時に、
私の目の前に急に姿を現して、
優しく励ましてくれたラクシャミ。
そのラクシャミの娘さんも
糖尿病で色々大変だったけれど、
ニュージーランドのお医者さんに助けられて
無事出産した経験があるなんて、
なんて偶然なことか!

偶然なのだろうが、
私にはどうしても偶然だとは思えない
ラクシャミとの出会い。
この日のことを、
私は一生忘れないだろう。
私にとっては、神さまからの助け舟だった
としか思えない出来事だった。