「小さな工夫をすることで、
望ましい行動を取りやすくなる」と聞けば、
やってみたくなりませんか?
私たち人間の行動は
「意志の力」だけで決まるのではなく、
周囲の環境に大きく左右されます。
そこで、
望ましい行動を促すための
小さな仕掛けをしてみるのです。
この記事では、
その仕掛けがどのようなものか、
実例を交えながら解説します。
====
ダイエットしようと決意したのに、
気づけば間食している。
運動を習慣にしたいのに、
なかなか続かない。
頭ではわかっているのに、
なぜか行動が伴わない——
そんな経験、あなたにもないでしょうか?
実は、私たち人間の行動は
「意志の力」だけで
決まるわけではありません。
それは、周囲の環境や状況に
驚くほど左右されているのです。
この傾向を巧みに活用したのが、
「ナッジ」という考え方です。
「ナッジ」とは、
英語で「そっと肘でつつく」
という意味です。
行動経済学や行動科学の分野では、
人を強制したり、
大きな金銭的誘因を与えたりせずに、
選択の環境を工夫することで、
より望ましい行動を
後押しする方法を指します。
この概念を世に広めたのは、
シカゴ大学の経済学者
リチャード・セイラーと
法学者キャス・サンスティーンです。
2008年に出版した著書
「Nudge(ナッジ)」の中で、
二人は「選択アーキテクチャ」
という概念を提唱し、
選択肢の並べ方や見せ方が
人間の意思決定に
大きく影響することを示しました。
ナッジの大前提にあるのは、
人間は必ずしも
合理的ではないという認識です。
私たちは意思決定の際に
様々な「認知バイアス」の影響を
受けています。
現状を維持しようとする
「現状維持バイアス」、
すぐに手に入るものに
高い価値を感じる「現在バイアス」、
大勢の人が選んでいるものを
正しいと感じる「社会的証明」など、
私たちの判断は無意識のうちに
こうした心理的傾向に左右されています。
ナッジは、こうした傾向を
本人や社会にとって
よりよい方向へ活かそうとするものです。
選択の自由を残しながら、
望ましい行動をしやすくする。
それがナッジの中心にある発想です。
====
ナッジは、私たちの身の回りの
さまざまな場面で使われています。
よく知られている例のひとつが、
スーパーのレジ近くに
買ってほしい商品を置く工夫です。
どこに何を並べるかによって、
どの商品が買われやすくなるかが
変わることは、
古くから広く知られています。
食堂や学校の給食でも、
ナッジは活用されています。
ある研究では、サラダバーを
食堂の入口付近に移動させて
目立つ位置に置いたところ、
野菜の消費量が増えたことが
確認されました。
メニューの選択肢は
何も変わっていないのに、
「目に入りやすい場所にあるものを
つい選んでしまう」という心理を利用して、
より健康的な食行動を促したわけです。
また、
イギリスの税務当局が行った
有名な実験があります。
税金の未納者に送る
督促状の文面を少し変えて、
「あなたの地域の住民の多くは
すでに期限内に納税しています」
という一文を加えたところ、
納税率が向上しました。
これは「社会的証明」と呼ばれる
心理効果を利用したナッジで、
周囲の人が何をしているかを
示すだけで、
人々の行動が変わることを
示した好例です。
さらに、エレベーターの近くに
「階段を使うと健康によい」
というポスターを貼る、
電力使用量の請求書に
近隣の平均使用量と比較した
グラフを載せるなど、
身近なナッジの事例はたくさんあります。
====
ナッジが効果を発揮する背景には、
「二重過程理論」と呼ばれる
人間の意思決定の仕組みがあります。
この考え方は、
ノーベル賞経済学者
ダニエル・カーネマンによって
広く知られるようになりました。
人間の思考には、
直感的・自動的に働く「システム1」と、
論理的・意識的に働く「システム2」の
二種類があるとされています。
日常生活の多くの判断や行動は、
時間をかけて
じっくり考えるシステム2ではなく、
無意識に素早く判断する
システム1によって行われています。
つまり、私たちは
自分で思っている以上に、
「深く考えて選んでいる」というより、
「なんとなく選んでいる」ことが多いのです。
ナッジはこのシステム1の働きを
理解したうえで、
人の無意識の判断の流れに沿う形で、
望ましい行動を
自然に選びやすくする仕組みだ
と言えるでしょう。
ナッジが効果的な理由は、
強制力を持たない点にもあります。
人は自分の選択の自由が
奪われたと感じると、
反発して逆の行動を
とろうとすることがあります。
これは「心理的リアクタンス」
と呼ばれる現象です。
禁止されたり命令されたりすると、
かえってそれをしたくなってしまう、
という経験は
多くの人に思い当たるでしょう。
ナッジは選択肢そのものを
取り上げるのではなく、
「どれを選ぶかはあなたの自由です」
という前提を保ったまま、
望ましい選択を
少しだけ選びやすくする方法です。
そのため、人々は
自由を奪われたと感じにくく、
心理的リアクタンスも
起こりにくくなります。
さらに、ナッジは
コストパフォーマンスが
高い方法でもあります。
大規模な広告キャンペーンを行ったり、
新しい法律や制度を整備したりするには、
多くの時間と費用がかかるでしょう。
それに比べてナッジは、
デフォルト設定を少し変える、
メッセージの伝え方を工夫する、
配置を変えるといった
比較的小さな変更で実施できます。
それにもかかわらず、
人々の行動に
大きな変化をもたらすことも
少なくありません。
公衆衛生、環境保護、
貯蓄行動、納税など、
さまざまな社会的課題の解決において、
ナッジは費用対効果の高い方法として
政府や企業で活用が進んでいます。
つまりナッジとは、
人間の心理の仕組みを
うまく利用しながら、
無理に強制することなく、
人々の行動をよりよい方向へと
導くための方法なのです。
====
ナッジは、政府や大企業だけが使う
特別な方法ではありません。
少しの工夫をするだけで、
個人の生活や職場、家庭の中でも
十分に活用することができます。
まず手軽に試せるのが、
「デフォルトの設定を変える」
という方法です。
たとえば、
健康的な食事を心がけたいなら、
冷蔵庫や食器棚の一番目立つ場所に
野菜や果物を並べ、
お菓子類は奥や見えにくい場所に
しまってみてください。
「あるから食べる」という習慣は、
「目に入りやすいものが変わる」だけで
驚くほど変わるものです。
スマートフォンの使用時間を
減らしたいなら、
SNSアプリをホーム画面から外して
フォルダの中に入れ、代わりに
読書アプリや瞑想アプリを
ホーム画面に置くだけでも、
自然と使う頻度が変わるでしょう。
また、他者の行動を参考にする
「社会規範のナッジ」も
個人レベルで応用できます。
たとえば、
節電や節水を家族に促したいとき、
「電気を消して」と指示するより、
「先月と比べて、
わが家のエネルギー消費量は
これだけ減った」と
数字で示して共有するほうが、
自発的な協力を引き出しやすくなります。
職場でも同様に、
チームのよい行動や成果を
見える形で共有することで、
周囲の行動に
影響を与えることができるでしょう。
さらに、行動のハードルを下げる
「摩擦の除去」も強力なナッジです。
新しい習慣を始めるとき、
人は面倒だと感じると
すぐにやめてしまいます。
好ましい行動を工夫して
取りやすくすることで、
習慣化もしやすくなるでしょう。
たとえば、ヨガを始めたいなら、
ヨガマットを
リビングに広げたままにしておく。
日記を書きたいなら、
ノートと筆記具を枕元に置いておく。
行動に移るまでの準備の手間を
減らすだけで、
継続しやすくなるでしょう。
ナッジに似た工夫として、
「コミットメントデバイス」
という考え方もあります。
これは、将来の自分に
望ましい行動を取らせるために、
あらかじめ仕組みを作っておく方法です。
たとえば、貯金をしたいなら、
給与が入ったら
自動的に別の口座へ
振り込まれるように設定しておく。
運動を続けたいなら、
友人と一緒に
週に一度のジムの予約を入れてしまう。
このような仕組みを
自分に用意しておくことで、
意志の強さに頼らなくても
行動を続けやすくなります。
ナッジと組み合わせて活用すると、
より望ましい行動を
選びやすくなるでしょう。
====
この記事では、
望ましい行動を促すための
小さな仕掛けである「ナッジ」
という考え方について
ご紹介しました。
ナッジとは、
人々の選択の自由を保ちながら、
望ましい行動を
自然に選びやすくするための
「環境のデザイン」です。
商品の置き方を工夫して
購買行動を変えること、
食堂の野菜の消費量を増やすための
陳列の工夫、
一文を加えるだけで
納税率を高めた督促状など、
これらはいずれも
強制や罰則によるものではありません。
人間の心理の
自然な働きをうまく利用した
効果的なアプローチです。
ナッジが効果を持つのは、
私たちが日常の多くの判断を
無意識のうちに行い、
周囲の環境や他者の行動に
知らず知らず影響を受けながら
行動しているからです。
人間の行動は、
意志の力だけで
決まるものではありません。
むしろ、どのような環境に
置かれているかによって、
大きく左右されます。
つまり、
環境を少し整えるだけで、
行動を変えることもできるのです。
日常の中で試せる
小さな工夫を考えて、
ぜひ取り入れてみてください。
冷蔵庫の中の配置を変えることでも、
スマートフォンのホーム画面を
並べ替えることでも、
自動積立を設定することでも
かまいません。
自分が望ましい行動を
取りやすくなるように、
「環境」を意図して整えること。
それが、よい行動を増やし、
よい人生へと導いてくれるでしょう。