人間は誰でも、程度の差はあれ、
無意識の偏見があり、
人を差別することがある。
それにより、誰かを
傷つけてしまう
可能性もあるのだ。
今回の話は、自分にも
無意識の偏見があることを
十分に理解し、差別的な行動に
走りそうになった場合には、
意識して控えるようにしよう!
という内容だ。
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典型的なのはステレオタイプ。
例えば、
「女性は文系、
男性は理系に優れている」とか、
「日本人は仕事熱心だ」とか、
「女性は管理職に向かない」とか、
「年寄りは頑固だ」とか、
例を挙げれば、きりがない。
確かに
一部のステレオタイプは、
ある程度の現実性は
あるかもしれない。
しかし、
それが全ての人に
当てはまるとは限らない。
ステレオタイプは
一般的な傾向やパターンを
とらえようとするもので、
個々の人間の特性や能力、
経験などを無視している。
よって、ステレオタイプで
人を判断することは
フェアでもないし、
適切でもない。
ステレオタイプで
「あなたは~だ」
と勝手に決めつけ、
相手を傷つけたり、
無礼な態度を示すのは、
愚かなことだ。
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ステレオタイプに基づく
差別や不平等は、
「オーディションのカーテン」
を見ても、明らかだ。
1980年代までは、
オーケストラのオーディションの際、
楽器演奏では白人男性ばかりが
採用された事実がある。
他の人種や女性の人たちも
受験したのに、
なぜ、白人男性ばかりが
合格したのだろうか?
その理由は、審査委員の
無意識の偏見が
大きく関係していたようだ。
無意識の偏見による
差別をなくすために、
ある時期から、
楽器演奏時にはカーテンをして、
演奏者の人種や年齢、性別が
分からないようにした。
すると、面白い現象が起きた!
カーテン使用後は、
白人男性の合格率が急激に下がり、
ヒスパニックやアジア系、
また、女性の合格者も続々と出たのだ!
白人男性が演奏する姿を見れば、
実際に演奏自体は
それほど上手でなくても、
立派な演奏に聞こえてしまう。
逆に、
白人以外の女性の演奏だったら、
「そんなに上手く演奏できる
わけがない」と
無意識に刷り込まれているので、
上手に演奏できたとしても、
さほど素晴らしくは
聞こえないものだ。
演奏の音だけで判断すれば、
本当の実力が試されて、
ヒスパニックでも、アジア系でも、
女性でも、優秀な人は優秀だから、
オーディションに選ばれる。
これこそが
フェアな在り方だ。
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これは
私が知人から聞いた話だ。
その知人は、
南太平洋の島国出身だ。
どこの国かは忘れたが、
一般的に言われるのは、
南太平洋の人たちは、
のんびり、ゆったりしていて、
時間にルーズであること。
でも、その知人はすごく勤勉で、
約束すれば、時間もきちんと守るし、
常にバリバリと活動するタイプだ。
その彼女がニュージーランド人と
プロジェクトの作業をした際、
他の人たちは皆、トロトロと
のんびりモードで仕事しているので、
イラついたらしい。
チームメンバーを急かす彼女に、
チームの一人がこう言ったそうだ。
「南太平洋の島国出身なら、
ゆっくりやるのが普通でしょ!」と。
その時、彼女は
ステレオタイプで決めつけられて、
不快な気持ちになったらしい。
国や人種や性別で、
ある傾向が見られても、
それは単なる傾向に過ぎず、
すべての人には
当てはまらないものだ。
本来は、人間は多様であり、
皆がユニークな存在だ。
ステレオタイプですべてを
片づけようとすること自体、
間違いなのだ。
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たった1~2回の個人的な経験で、
特定のグループに対して、
勝手に不当な思い込みを
作り上げる場合もある。
例えば、あるインド人から
プライベートに関わる繊細なことを
色々と詮索された場合。
「インド人は詮索好きだ」
という印象を持ち、
他のインド人も同じようだと
決めつけてしまうことがある。
そんなインド人を
2~3人知っているから、
すべてのインド人がそうだろう
と結論付けたのだ。
しかし、これも危険だ。
同じインド人でも
色々な性格の人がいて、
プライバシーを尊重して、
個人的なことには干渉しない人も
いるからだ。
サンプル数の少ない
自分の経験だけで判断して、
他人を決めつけるのは、
望ましくないことだ。
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自分の偏見により、
相手を傷つけたり、
失礼な態度を取ったり
する場合もあるが、
逆の立場も考えられる。
自分が他人から
無意識の偏見により
差別されてしまうことだ。
外国に住む私は
日本人だということで、
勝手に「あなたは~だろう」
と思われた経験がある。
その中には
「日本人だから、綺麗好きだろう」とか、
「日本人だから、礼儀正しいだろう」とか、
ポジティブなものもある。
これとは反対に、
「日本人だから、何をされても
ノーと言えないだろう」という
ネガティブなものもあった。
ポジティブなものなら
嫌な気はしないが、
ネガティブなものならば、
不快に感じることもある。
しかし、こんな場合も、
人間は皆、程度の差はあれ、
無意識の偏見による差別をするものだ
と知っていれば、さほど気にならない。
自分もそうなのだから、
「まあ、お互いさまね」と
深刻に受け止めずに、
軽くスルーできるだろう。
自分にも無意識の偏見が
あることを十分に理解した上で、
自分自身が気をつけると同時に
相手に対しても、
寛容な姿勢を持つことが大切だ。
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今回の話をまとめれば、
私たち人間は誰でも
無意識の偏見があり、それにより
他人を差別してしまうことも
しばしばある。
普段から、自分も
偏見を持っていることを認識して、
それにより相手を
不当に差別してしまわないよう、
意識的に控えることが重要だ。
ある特定のグループに対して、
ステレオタイプな見方をして
偏った判断をすることは、
好ましくない。
また、個人的な経験が
1~2回ある場合に、それをもとに
特定のグループに対して
特定の性質を決めつけることも、
間違いだ。
人間は多様であり、
皆がユニークな存在だから、
ステレオタイプで
すべての人を当てはめるのは、
適切ではないからだ。
もし自分が
相手の無意識の偏見により、
差別を受けた場合にも、
深刻には受け取らないこと。
自分も同じことを
する可能性があるので、
「まあ、人間は皆そんなもの。
仕方ない」と寛容に
受け止めてあげよう!
自分が相手を傷つけないよう、
そして、相手からも
傷つけられないよう、
意識することが大切だ。