私たちは物事を
「善」と「悪」に分けて考えがちですが、
その評価は視点や状況によって
変わることがあります。
つまり、「正義」と「悪」は、
見る角度が違えば
立場が逆転することさえあるのです。
この記事では、
荘子の思想をもとに、
対立する概念の一方を否定するのではなく、
両方を受け入れることで広がる
新たな視点について考えてみます。
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世の中で一般的に
「正義」とされる行為や集団が、
別の視点から見ると、意外にも
「悪」とも言える側面を
持っていることがあります。
逆に、
「悪」と烙印を押された存在であっても、
その内側に目を向ければ、
前向きな要素が含まれていることも
珍しくありません。
たとえば、子ども向けの
戦隊ヒーロー番組を思い出してください。
物語の中では、「正義の味方」と
「悪の組織」が対立しているように
描かれています。
しかし、
この設定をいったん脇に置き、
「ヒーロー」と「悪の組織」の行動を
別の視点から眺めてみると、
意外な発見があります。
悪の組織は、
大きな野望(ときには世界征服など)を抱き、
それを実現しようと研究開発を重ねます。
そして、何度失敗しても諦めずに
立ち上がる姿勢を持ち、
組織内で役割を分担しながら
結束して行動します。
リーダーが笑顔で作戦を語る場面も多く、
こうした視点で見ると、
悪の組織の中には
前向きでポジティブな要素が
数多く含まれているのです。
一方で、ヒーローは
事件や事故が起こらない限り
表に出てきません。
つまり、何か問題が発生するまで
待ちの姿勢であり、
基本的には受け身の存在です。
さらに、
悪の組織の行動を阻止することが
目的であり、言い換えれば、
他者の計画を妨害する立場にある
とも言えます。
楽しげな様子を見せることは少なく、
登場するときは「許さん!」と
怒りながら敵を倒していくことも
多いのです。
目的は正義であっても、
その行動パターンだけを見れば、
ポジティブや前向きとは
かけ離れているでしょう。
こうして比較してみると、
「正義」とされる側は
受け身で怒りっぽく、
ネガティブな特徴が目立つのに対し、
「悪の組織」のほうは
チームワークやモチベーションにあふれ、
前向きな活動をしているという面が
見えてきます。
この視点で考えると、なかなか
興味深いものではないでしょうか?
現実の世界でも、
「環境を守るため」という大義名分のもと
自然を保護した結果、
そこに住む人々の暮らしを奪い、
不幸に追いやってしまうことがあります。
また、「平和のための戦い」と称して、
かえって争いを
長引かせてしまうケースもあります。
このように、視点を変えれば、
「善」と「悪」の評価が
逆転してしまうことは
珍しくありません。
こうした矛盾を目の当たりにすると、
「善悪の価値判断」というものが、
私たちが思っている以上に曖昧で、
その時々の文脈や視点次第で
変わり得るものだと、
改めて感じるのではないでしょうか?
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荘子の思想には、
一方を「善」と決めつけ、
もう一方を「悪」として
切り捨てるような二分法を
警戒する考えがあります。
対立するものの
どちらかを否定するのではなく、
矛盾する両者をまるごと受け入れ、
どちらも活かして生きることを説く
この教えは、「両行」
という言葉で表されています。
私たちは日常の中で、
「AかBか」「黒か白か」といった
二元的な判断をすることがよくあります。
現代社会では、そうした整理が
必要な場面もあるでしょう。
しかし、それが行きすぎると
「自分は絶対に正しい」
「相手は完全に間違っている」と思い込み、
一歩も譲らない対立を
生みやすくなります。
「両行」は、このような極端な
二分法に陥るのではなく、
「AもBも両方の可能性がある」
「正義とされるものにも、
実は悪と見える側面があるかもしれない」
といった視点に立ち、
両者を活かす道を探ろうとする姿勢です。
この考え方を持つことで、
本来なら衝突しそうな
二つのアイデアがあったとしても、
「どちらかを完全に排除するのではなく、
両方を活かす方法はないか?」
と模索する余裕が生まれます。
その柔軟な発想こそが、
新たな創造につながる可能性を
高めてくれるのです。
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この「両行」という考え方は、
日本人の特質とも言われることがあります。
米国の文化人類学者ルース・ベネディクトは、
日本文化を研究し、その特徴を
『菊と刀』の中で記しています。
その中で、日本人には
「命をこよなく大切にする
平和的な面がある一方で、
武士道を尊び戦いを重んじる面もある」
という矛盾があると述べています。
さらに、「不遜であると同時に礼儀正しく、
頑固でありながら順応性に富み、
勇敢でありながら臆病であり、
保守的でありながら
新しいものを喜んで受け入れる」
といった特徴にも触れています。
西洋人の中には、
対立する概念の両方を併せ持つ日本人を
「不思議だ」と感じる人もいれば、
その柔軟性を
高く評価する人もいるようです。
現代においても、
伝統文化を大切にしながら
最先端のテクノロジーを
積極的に取り入れる日本人の
「いいとこ取り」の気質に
驚く外国人は少なくありません。
この姿勢を、
「どっちつかずで生ぬるい」と捉えるか、
「相反するものを丸ごと受け入れる強さ」
と捉えるかは、人によって異なるでしょう。
しかし、
一方的に切り捨てるのではなく、
対立するものの間で
折り合いをつけながら前に進めることは、
日本人にとって
大きな強みなのかもしれません。
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人の心の内にも、
相反する欲求が
同時に存在することがよくあります。
たとえば、
「頑張りたい自分」と「楽をしたい自分」、
「挑戦したい自分」と「現状のままでいたい自分」、
「本音を伝えたい自分」と「黙っていたい自分」、
「計画的に動きたい自分」と
「気分のままに過ごしたい自分」など、
対立する気持ちが
せめぎ合うことは珍しくありません。
どちらも自分の一部でありながら、
向かう方向が異なるため、
片方を否定して
抑え込んでしまうこともあるでしょう。
しかし、
一方を抑え込んだり
排除したりすることで、
かえってバランスを崩し、
苦しくなってしまうことがあります。
「頑張りたい」と思うのに
疲れすぎて動けなくなったり、
「本音を伝えたい」と思いながらも
衝突を恐れて
言葉を飲み込んでしまうこともあるでしょう。
そんなとき、
「どちらかを選ばなければならない」
と考えるのではなく、
一見矛盾する気持ちを
そのまま持ち続けることで、
よりよい道が見えてくることがあります。
たとえば、「挑戦したい自分」と
「現状のままでいたい自分」がぶつかるとき、
どちらかを捨てるのではなく、
無理のない範囲で
少しずつ新しいことを取り入れてみるのも
ひとつの方法です。
「計画的に動きたい自分」と
「気分のままに過ごしたい自分」が対立するときは、
あえて余白のある計画を立て、
柔軟に調整できるようにすることも
できるでしょう。
こうした「両行」の視点を持つことで、
どちらの自分も大切にしながら
前に進むことが可能になります。
人は矛盾を抱えながらも、
その葛藤を通じて成長していくものです。
すぐに答えを出さなくても、
相反する気持ちを受け入れ、
時間をかけて熟成させていくことで、
新たな視点や深みが生まれ、
自分らしい道が
見えてくることもあるでしょう。
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この記事では、
「正義」と「悪」の判断が
視点や状況によって変わりうること、
そして荘子の思想をもとに、
相反するものを
丸ごと受け入れることで広がる
新たな可能性についてお伝えしました。
物語の中で「正義」とされる側にも、
見方を変えれば「悪」と映る側面があり、
逆に「悪」とされた側にも
前向きな要素があるという例を通じて、
「善悪」を一括りに決めつけることの危うさを
考えました。
さらに、「両行」という考え方に
目を向けることで、
対立する二つの側面を
どちらか一方に偏らせるのではなく、
両方を活かす道を探ることの大切さ
についても触れました。
人の内面にも、「頑張りたい自分」と
「楽をしたい自分」が同居しているように、
真逆の気持ちを抱えるのは
ごく自然なことです。
それを否定するのではなく、
矛盾を抱えたまま
時間をかけて熟成させることで、
新たな発想や深みが
生まれることもあるでしょう。
もし、
他人と意見が衝突しそうになったときや、
自分の中で対立する感情に悩んでいるときは、
一度立ち止まり、「両方に目を向ける」視点を
取り入れてみてください。
どちらかを否定しなくても、
両方を活かす方法が
見つかるかもしれません。
その柔軟な姿勢こそが、
新たな発想や行動につながることも
少なくないからです。
自分の中にある矛盾や、
周囲にあるさまざまな「善」と「悪」の両方を、
そのまま受け止める
心の余裕を持ちましょう。
そうすることで、
これまで気づけなかった世界が広がり、
より豊かな人生の景色が
開けていくことでしょう。