言葉にされなくても察して、
気を利かせて、
相手の望むことを先回りしてやる――
これは「察する文化」のある日本では
高く評価される行為です。
しかし、
この「察する文化」には、
心理的な後退を促し、
不健全な関係を生みやすい罠があります。
この記事では、
「察すること」がなぜいけないのかを考え、
健全な関係を築くためのヒントを
お伝えします。
====
人は誰もが、
生まれて間もないころには
母親(または養育者)との間に
強い一体感を抱くものです。
特に幼い子どもが
母親に対して
強く結びつきを感じることは、
ごく自然な発達の一段階です。
赤ちゃんには、自分と母親が
別々の存在であるという認識が
まだありません。
そのため、自分の欲求は
自動的に満たされるものだ
と信じています。
お腹がすけば泣き、
母親がそれに気づいて
授乳してくれる。
不快感があれば泣き、
母親がおむつを替えてくれる。
赤ちゃんにとって、
母親と自分は
切り離せない一体の存在なのです。
この母子一体感は、実は
子どもの心の発達にとって
とても大切な役割を果たしています。
幼児期に十分に
この一体感を味わえた子どもは、
のちのち心理的な自立を
よりスムーズに果たしやすい
と言われているからです。
幼少期にしっかりと愛情を受け、
安心感を得た子どもほど、
成長とともに健全な「離別感」——
自分と他者は別の存在であるという認識——
を自然に持てるようになるのです。
心理学の研究でも、
幼少期に十分な安心感を
得られなかった子どもは、
大人になっても心のどこかに
未解決の依存欲求を
抱え続けることがあるとされています。
一方で、小さいうちに
しっかりと甘えることができた子どもほど、
「私は私、母親は母親」といった
自立した関係性を
自然に築いていけるのです。
つまり、幼少期に、
母親との一体感を十分に味わうことは、
子どもの心理的成長にとって
欠かせないものなのです。
====
子どもは成長する過程で、
「思いどおりにならないこと」
を少しずつ経験していきます。
そして次第に、
母親にも母親なりの事情や
感情があることを
理解するようになり、
母子一体感を手放していくものです。
本来であれば、
成長とともに卒業していくはずの
「母子一体感」ですが、
現実には、多くの大人が
親密な関係において、
幼少期に感じた母子一体感のような状態を、
無意識に求めてしまうことがあります。
特に配偶者や恋人、親しい友人に対して、
「私の気持ちをわかってくれて当然」
「私の期待に応えてくれて当然」
といった態度を取りがちです。
これは、幼いころに抱いた
「母子一体感」の名残でしょう。
母子一体感を手放せない人は、
期待が裏切られると
不機嫌になったり、相手を責めたり、
駄々をこねるような反応を示します。
これは心理的な退行、
いわば「子どもがえり」の状態であり、
大人同士の健全な関係を
損なう大きな要因になります。
たとえば恋人や配偶者に対して、
「何も言わなくても
私の気持ちをわかってほしい」と思うとき、
それはまさに、幼児が母親に求める
一体感を期待している状態です。
しかし、
どれほど親しい間柄であっても、
相手は自分とは別の存在です。
相手には相手の考えや感情、
価値観があり、
自分の期待通りに動かないことは
ごく自然なことです。
それなのに、
不機嫌になったり責めたりするのは、
心理的な退行の
表れと言えるでしょう。
大人同士の
健全な関係を築くためには、
「相手には相手の事情がある」
「相手は自分の思い通りにはならない」
という健全な「離別感」を持つことが
大切です。
この「離別感」こそが、
大人としての
心理的成熟には不可欠なのです。
====
たとえば、こんな場面を
想像してみてください。
ある平日の夜、
仕事で疲れきった夫が帰宅し、
「今日は本当に大変だった。
ゆっくりお風呂に浸かりたいな」
と思います。
ところが、いざお風呂場に行くと、
浴槽にはお湯が張られていません。
その瞬間、夫は不機嫌になり、
妻に向かってこう言います。
夫:「どうして
お湯を張っておいてくれなかったの!
今朝、大変な一日になりそうだって
言ったじゃないか!」
妻:「私も仕事から帰ったばかりで、
まだ夕食の準備もできてないのよ。
あなたの帰る時間も
はっきりわからなかったし」
夫:「そんなこと言うなよ!
俺がどれだけ大変な一日だったか、
想像もつかないのか?」
妻:「あなたの気持ちはわかるけど、
私にも自分の仕事や予定があるの。
お風呂を用意してほしい日には、
帰る前に連絡してくれれば、
できる限り対応するわ。
でも、毎日は難しいわよ」
夫:「なんだよ、その冷たい言い方は!
ちょっとした気遣いもできないのか!」
このやり取りから見えてくるのは、
夫が妻に対して
「母子一体感」を
求めているということです。
つまり、
自分の気持ちを察して当然、
望みを先回りして叶えてくれる存在だと、
無意識に望んでいるのです。
一方、妻は健全な「離別感」を持ち、
適切な心理的境界線を保っています。
夫の甘えを
無条件に受け入れるのではなく、
大人同士の対等な関係を
築こうとしているのです。
====
では、もし前述の例で、
妻が夫の要求に
従順に応えてしまったら、
どうなるでしょうか?
たとえば、「ごめんなさい、
すぐにお湯を張るわ。
大変だったのね」と謝り、
自分の疲れや予定を
後回しにしてしまうケースを
想像してみてください。
その場では言い争いも起こらず、
一見、平和に見えるかもしれません。
しかし、このパターンが続くと、
夫はますます
「自分の欲求は満たされて当然」
と思うようになるでしょう。
つまり、心理的に
さらに退行していくのです。
期待が満たされないフラストレーションを
経験する機会がないため、
「思い通りにならないことへの耐性」が育たず、
ますますワガママになっていくでしょう。
夫婦のコミュニケーションに関する
研究によると、
「妻が従順であるほど、中長期的に見て
夫婦関係が悪化しやすい」
という結果が出ています。
これは、妻が夫のワガママを
無条件に受け入れる
「母親代わりの役割」を担うことで、
夫の心理的退行を
促進してしまうからです。
もちろん、
この関係は逆の場合も同様で、
夫が妻に対して過剰に従順になると、
妻の心理的退行を促し、
やはり関係の悪化を
招くことになります。
心理学者ハインツ・コフートが
指摘しているように、心の成長には
「適度な負荷」や
「適度なフラストレーション」
が欠かせません。
「思い通りにならない状況」を
適度に経験することこそが、
私たちの心を成熟させる
と言うことなのです。
====
日本の伝統的な価値観では、
「夫の気持ちを察する妻」
がよい妻とされてきました。
「気が利く女性」「察する女性」
が理想像として
描かれてきた背景があります。
そのため、
特に高年齢層の夫婦には、
家で威張る夫と、それに従順に応じる妻
という組み合わせが多く見られました。
このような関係では、
年齢を重ねるほど
夫の心理的退行が進み、
自分の意見を頑なに押し通したり、
妻に対して
高圧的な態度を取ったりする傾向が
強まります。
妻が常に夫の気持ちを察して
応じることで、
夫の「思い通りにならないことへの耐性」
が低下し、妻の不満も募り、
結果として
夫婦関係が悪化していくのです。
近年増加している熟年離婚の背景には、
こうした長年にわたる
不健全な関係パターンが
影響していると考えられます。
たとえば、定年退職を機に
夫が家にいる時間が増え、
妻が夫の幼児的な要求に
耐えられなくなるケース。
また、子育てが終わり、
「夫婦二人だけの時間」が増えたことで、
これまで見過ごされてきた関係の歪みが
表面化するケースも少なくありません。
====
健全な人間関係を築くためには、
「二者関係」から「三者関係」への移行が
不可欠です。
精神分析家ジャック・ラカンによれば、
「二者関係」とは、
言葉を介さずに
相手の欲求や感情を
察し合う関係を指します。
赤ちゃんと母親の関係が
その典型であり、
言葉に頼らなくても欲求が満たされる、
甘美な関係です。
一方、「三者関係」とは、
自分と相手の間に
「言葉」という第三の存在を
介在させる関係です。
自分の欲求や感情を言葉で伝え、
相手の考えも
言葉を通して理解していきます。
この関係は、
「二者関係」と比べると手間がかかり、
煩わしく感じるかもしれません。
しかし、この「三者関係」こそが、
心理的に成熟した大人同士が築くべき、
健全な関係なのです。
日本には
「察する文化」が根付いていますが、
実はこの文化には、
大人を心理的に退行させる側面もあります。
相手に「察してもらう」ことに慣れると、
自分の気持ちや欲求を
言葉で表現する力が弱まり、
コミュニケーション能力も
低下してしまうからです。
また、「察する」側も、
常に相手の気持ちを読み取ろうと
神経をすり減らし、
精神的な疲労を
蓄積していくことになるでしょう。
精神科医・斎藤環氏は、
ひきこもりの家庭では、
親が子どもの欲求を察して
先回りすることが常態化し、
「二者関係」に安住する結果、
子どもの心理的成長が
阻害されるケースが多い
と指摘しています。
さらに、
「二者関係」は攻撃性を助長し、
家庭内暴力など深刻な問題を
引き起こすこともあるのです。
親密な関係になればなるほど、
私たちは
「言わなくても察してほしい」
「わかってほしい」と期待しがちですが、
この姿勢は、幼児的な二者関係への
回帰を望むものであり、
心理的退行を助長し、長期的には
不健全な関係を招くことになります。
だからこそ、
健全で幸せな関係を築くためには、
意識して「二者関係」から「三者関係」へと
移行していく努力が求められるのです。
====
この記事では、
健全な人間関係を築くためには、
「母子一体感」から「離別感」への成長、
そして「二者関係」から
「言葉を介した三者関係」への移行が
大切であることをお伝えしてきました。
幼児期の母子一体感は、
発達の過程で
ごく自然かつ必要なものです。
しかし、大人になっても
親密な関係において
同じような一体感を期待し続けることは、
心理的な成長を妨げてしまいます。
相手に「察してほしい」と望むのではなく、
自分の気持ちや欲求を言葉で伝え、
相手の言葉にも耳を傾ける。
そんな関係こそが、
真に健全なつながりと言えるでしょう。
「察する文化」から一歩踏み出し、
言葉による対話を大切にすることは、
決して簡単なことではありません。
でも、まずは自分に
こう許してあげるところから
始めてみてください——
「空気ばかり読まなくてもいい」
「自分の気持ちを言葉で表していい」と。
そして、
小さな行動を積み重ねることで、
少しずつ「言葉による対話」を
習慣にしていきましょう!
健全な「三者関係」を土台にしたとき、
私たちは心理的に自立しながらも、
対等に、ほどよく甘え合える
「相互依存」の関係を築くことができます。
それは、不健全な「共依存」とは異なり、
お互いの個性と境界線を尊重した、
成熟した関係なのです。
あなたも今日から、
大切な人との関係を
「言葉」を通じて、より健やかなものへと
変えていきませんか?