心の傷を癒す:情緒的見捨てられ体験とその乗り越え方

この記事では、
心の成長や自己形成に
大きな影響をもたらす
「情緒的見捨てられ体験」
についてお話しします。

情緒的見捨てられ体験とは
具体的にどのようなことか?
それが与える影響、そして
その体験によって傷ついた心を
癒す方法をお伝えします。

自分自身や大切な人の心を理解し、
より健やかに生きるヒントを
見つけていただければ幸いです。

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自己形成に不可欠な「ありのままを認められる体験」

子どもが健全な自己を
確立していくためには、
ありのままの自分を
認めてもらう体験が欠かせません。

精神分析学者ハインツ・コフートが
提唱した自己心理学によると、
子どもの感じていることを
鏡のように映し返してあげることが、
子どもの心の成長を支える
重要な要素となります。

たとえば、
子どもが転んで泣いているとき、
親が「痛かったね」と声をかけることで、
子どもは自分の感情が
認められたと感じます。

これは、
子どもの内側で起きている感情を
言語化し、
それを受け止める行為なのです。

同様に、子どもの心に
悲しみが生じているときには
「悲しいね」と、
何かに成功して喜んでいるときには
「嬉しいね」と共感することが、
感情を映し返す大切な行為になります。

また、子どもが怒りを感じているときも、
「そんなことをされて腹が立つね」
と言葉にすることで、子どもは
自分の感情を否定されることなく、
感じたままの自分を
受け入れられていると安心します。

このように、親(養育者)が
子どもの感情を
鏡のように映し返すことで、
子どもはありのままの自分を
認めてもらったと感じ、
安心すると同時に、
自分の感情を
理解できるようになるのです。

こうした「映し返し」は、
子どもに「あなたの感じていることは
そのままで価値がある」
「どんな感情を抱いていても、
あなたは価値のある存在だ」
というメッセージを伝えます。

これによって、子どもは
自分の感情や体験を
信頼できるようになり、
健全な自己感覚を
育んでいけるのです。

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情緒的な「見捨てられ体験」が心に残す傷跡

これとは反対に、
自分が感じたことを
そのまま受け入れてもらえない場合、
子どもは
情緒的な見捨てられ体験を
することになります。

情緒的な「見捨てられ体験」とは、
子どもが抱いている感情が
親(養育者)によって無視されたり、
否定されたり、軽視されたりするときに
起こります。

心理療法家のカトリン・アスパーが
紹介したケースを見てみましょう。

読み書きの学習障害を持つ男の子が、
テストの結果が悪くて
泣きながら帰宅したときのことです。

悲しさと恥ずかしさで
胸がいっぱいだった彼に対し、
母親は「そんなにひどい点数ではないよ。
それにあなたには、
他によくできることが
いくらでもあるじゃないの」
と声をかけました。

おそらく母親は、息子を
励ますつもりで言ったのでしょう。

しかし実際には、
この母親の言葉は、子どもにとって
自分の感情が認められず、
否定されたように
感じさせるものでした。

彼は、自分のつらさや恥ずかしさ、
悲しさを感じているありのままの自分が、
まるで存在しないかのように無視され、
見捨てられたと感じたのです。

このような情緒的な見捨てられ体験を
繰り返すうちに、彼の心は深く傷つき、
自己愛障害へと進んでいきました。

こうした体験が繰り返されると、
子どもは「あるがままの自分では
受け入れられない存在なのだ」と感じ、
そのままの自分を
受け入れられなくなってしまいます。

「こんな感情を抱く自分はよくない、
価値がない」という信念が心に根づき、
それが長期にわたって
心の傷として残るのです。

問題なのは、
こうした「見捨てられ体験」を与える養育者は、
意図的に子どもを傷つけよう
としているわけではないという点です。

多くの場合、養育者は無意識のうちに、
子どものために
良かれと思って行動しています。

子どもを慰めたり
励ましたりしようとする中で、
そのような反応をしてしまうのです。

おそらく、こうした親自身も
幼いころに、自分の感じるままを
受け入れられない経験を
してきたのでしょう。

その結果、自分の感情を受け止める
「心の器」が育たず、
自分自身の悲しみや不安を
受け止められないため、
子どもの同様の感情も
受け止められないのです。

さらに、社会的・文化的背景も
影響するでしょう。

「男の子は泣くものではない」
「我慢することが美徳だ」
といった価値観の中で育った親は、
子どもの素直な感情表現を抑制しがちです。

このように、意図せず結果的に
子どもを情緒的に見捨てることに
なってしまうのも、ある意味
仕方のないことなのかもしれません。

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見捨てられ体験からの回復:受容される体験の積み重ね

では、
情緒的な「見捨てられ体験」によって
傷ついた心は、
どのように癒されていくのでしょうか?

コフートによれば、それは
「情緒的に受容される体験を
積み重ねること」で可能になります。

つまり、子どものころに
映し返してもらえなかった感情を、
後になって映し返してもらうことで、
心の傷は修復されていくのです。

日本の演出家、宮本亜門さんの例は、
このことを理解する上で
参考になります。

幼い頃、日本舞踊の練習後に
学校へ行った宮本さんは、
首に残ったおしろいを
クラスメイトにからかわれました。

「男のくせに化粧してる。
えーい、女、女」と言われ、
ひどく傷ついた彼は帰宅後、
母親に「踊りをやめたい」と訴えました。

しかし母親は「なんにも
恥ずかしいことないじゃない。
みんなのほうが変なのよ。
芸事がわからない連中は
ほうっておきなさい。いいわね。ほら、
元気出して。笑って」と応じたのです。

この対応は、
宮本さんの悲しみや傷つきの感情を
認めないものでした。

彼の感情は見捨てられ、その結果、
それまで天真爛漫だった彼は
心を閉ざすようになったのです。

やがて宮本さんは高校生になると
不登校やひきこもりを経験し、
自殺未遂にまで追い込まれました。

しかし、精神科での治療を通じて
心は徐々に癒されていったのです。

担当医師は、アドバイスをしたり
無理に励ましたりするのではなく、
宮本さんの感情を共感的に
受け入れ続けてくれました。

この「映し返し」の体験を通じて、
彼の心の傷は修復され、
本来の自己を取り戻していけたのです。

このように、
情緒的な「見捨てられ体験」による傷は、
後になって適切な「映し返し」を
受けることで癒されていきます。

誰かに自分の感情を理解され、
受け止めてもらう体験を重ねることで、
私たちは「ありのままの自分でいていい」
という感覚を取り戻していけるのです。

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自分を映し返す:インナーチャイルドへの優しい語りかけ

「映し返し」は
誰かにしてもらうこともできますが、
自分自身が自分に
映し返しを行うワークも有効です。

これは、自分の感情に気づいたとき、
その感情を受け入れる言葉を
自分自身にかけるという、
シンプルな実践です。

たとえば、悲しいと感じたときに
「そんなことで悲しむなんて弱いな」
「もっと前向きにならなきゃ」
と自分を否定するのではなく、
「悲しいんだね」「悲しくて当然だよ」
「悲しんでいいんだよ」と、
自分の感情を認め、
受け止める言葉をかけてみます。

同じように、怒りを感じたときも
「怒るなんてよくない」
と抑え込むのではなく、
「腹が立つんだね」「そりゃ怒るよね」
と自分に語りかけます。

不安を感じたときは
「不安なんだね」
「怖いと感じているんだね」と、
その感情を認めてあげるのです。

自分の感情に対して
優しく映し返しを行うことで、
「自分の感情は受け入れられるもの」
「感情を抱いていい」という
新しいメッセージを
自分に送ることができます。

これを繰り返すことで、
幼いころに得られなかった
「映し返し」を、大人になった今、
自分自身に与えることができるのです。

ただし、感情があまりに強烈で
直面するのがつらい場合は、
無理をする必要はありません。

そんなときは「大丈夫、大丈夫」
と自分を落ち着かせたり、一時的に
気分転換をしたりすることも大切です。

感情を受け止めるワークは
無理のないペースで
行うことが重要です。

そのため、無理なくできる
と感じたときに
取り組めばよいでしょう。

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最適な映し返しの言葉:相手に合わせた受容の表現

もしあなたが
子どもを育てる立場で、
子どもに「映し返し」をしてあげる場合、
子どもの年齢や自立度、
関係性によって
最適な言葉かけは変わってきます。

幼児期の子どもには、
「悲しいね」「怖いね」「嬉しいね」と、
一緒に感じるようなニュアンスの言葉が
適しています。

この時期の子どもは、
自分の感情を理解し始める段階なので、
シンプルな言葉で
感情を映し返すことが効果的です。

小学生から中学生くらいの子どもには、
「悲しいんだね。そりゃ悲しいよね」
「腹が立つんだね。そうだよね、
そんなことされたら誰でも怒るよ」といった、
感情を支持するニュアンスの言葉を
加えるとよいでしょう。

この年齢の子どもは、
自分の感情が正当なものかどうか
確かめたいという欲求を
持っているからです。

十代半ば以降の子どもには、
「悲しいんだね」「腹が立つんだね」と、
少し距離感のある共感の言葉が
適している場合が多いといわれています。

この年齢になると、自律性が高まり、
自分の感情を自分で整理する力も
育ってきているためです。

ただし、こうした目安は
あくまでも参考程度です。

実際には、一人ひとりの子どもの
性格や状況、親子の関係性によって、
最適な映し返しの言葉は変わります。

大切なのは、
相手の反応をよく観察しながら、
試行錯誤を重ねていくことです。

また、大人同士の関係においても
同様です。

友人や配偶者の感情を映し返す際も、
その人との関係性や状況に応じて、
適切な距離感と表現を選ぶことが大切です。

映し返しを
単なるテクニックとして使うのではなく、
相手の存在と感情を尊重する姿勢から
生まれるものだと理解しておきましょう。

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まとめ:自分と他者を癒す映し返しの力

この記事では、
情緒的な「見捨てられ体験」とは何か、
それがどのように心に傷を残すのか、
そしてその傷を癒すために
どのような関わりが必要かについて
お伝えしてきました。

子どもの健全な自己形成には、
感じているままの感情を
映し返してもらう経験が欠かせません。

逆に、感情を無視されたり
否定されたりする「見捨てられ体験」は、
長く心の傷として残ることがあります。

しかし、こうした傷も、後になって
適切な「映し返し」を受けることで、
癒されていくものです。

また、自分の感情に気づいたとき、
それを受け入れる言葉を自分にかける
「自分が自分に映し返しをする」
というワークも、
心の傷を癒す効果的な方法です。

そして、
他者の感情を映し返すときには、
相手の年齢や状況に応じた言葉かけが
重要になります。

私たちは皆、完璧な養育環境で
育ってきたわけではありません。

多かれ少なかれ、
「見捨てられ体験」を
経験しているでしょう。

しかし、それは決して
取り返しのつかないことでは
ないのです。

今この瞬間から、
自分自身と大切な人たちに対して、
より共感的で受容的な関わりを
心がけることで、私たち自身も、
そして次の世代も、
より健やかに成長していけるでしょう。

あなたの中にある感情を
大切に受け止め、
周りの人の感情にも優しく耳を傾ける——
そんな関わりが、一人ひとりの心を癒し、
より豊かな人間関係を築く
基盤となっていくでしょう。