そんな愚かなことはしない!と思っても、気づかずにやっているかも?

今回は、
私たち誰もが
やったことがあるかもしれない
望ましくない行為について。

自分としては
やらないつもりでいても、
知らず知らずのうちに
やっていることも
しばしばあるものだ。

それは何かと言えば、
「マウントを取ること」。

これを聞いて、
「自分は他人から
マウントを取られたことはあるが、
自分が取ったことはない」
と言う人も多いだろう。

しかし、実際には
自分で自覚しなくても、
自分の言動が他人にとっては
「マウントを取られた」
と思われることも珍しくない。

自分で気づいていないのが
恐ろしいところだ。

なぜ、そんなことが
起きるのだろうか?

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その理由は、人間は誰でも
「慢」という煩悩を
持っているからだ。

「慢」とは、
他者と自分を比較して
思い上がる気持ちのこと。

自分のことを高く見て、
他者を軽視する
自己中心的な思い上がりの心を指す。

「慢」は人間の本質であり、
人によりその強さは違っても、
ほぼすべての人間が
持っているものだ。

多くの人は理性により、
自分の「慢」を他人に見せないよう
言動をコントロールしている。

表面上は「慢」を
むき出しにすることはなくても、
心の内では「慢」の気持ちを
必ず抱えているのだ。

もし、誰かから
マウントを取られた場合、
その相手の「慢」の気持ちを
恥ずべきものとして、非難しがちだ。

でも実は、「慢」は
マウントを取る相手だけではなく、
自分の中にも存在する。

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「慢」の対象になるものは、
人それぞれ違う。

たとえば、
仕事ができる人は、
「自分は同僚よりも
仕事面で優秀な人間だ」
と心の中で自負している。

勉強ができる人は、
「僕は天才だ」と
思っているだろう。

スポーツが得意なら、
スポーツの点で、
楽器を演奏する能力が高ければ、
その楽器を上手に演奏できる点で、
優越感を感じている。

人それぞれ得意分野が違うから、
優越感に浸れるものは違っても、
必ず「自分のほうが
他人よりも上だ」というものがある。

それは能力や知識面に
限られたものではなく、
収入や自分の家族、
身体の体形や容姿など様々な点で、
「自分のほうがあの人よりも
優れている」と感じている

一見、何もなさそうに見える人でさえ、
何かしら「自分のほうが上だ」
と思えることがある。

たとえば、
仕事でミスが多い人は
同僚からは「できない人だ」
とレッテルを貼られている。

そういう人は
劣等感を感じているだろう
と思われがちだが、
そうでないことも多い。

「叱られたことのない奴は、
叱られた人の痛みは分からない。
その点、僕は沢山ミスして
失敗経験が多いから、
そのような人の気持ちがよく分かる」

と「人の痛みが分かる」点で
自分のほうが誰よりも優っている
と感じている。

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人間である以上、
誰でも「慢」の気持ちが
心のどこかにあるものだ。

ただそれを口に出さないだけで
心の内には、そういう気持ちが
隠れている。

危ないのは、
自分で「慢」の気持ちを
隠しているつもりでも、

ふとした時、意識せずに、
その気持ちが
外に出てしまうこと。

何気なく、自分の口から
ポロリと出た一言が
「慢」の気持ちによるものだ
ということもしばしばだ。

自分では自覚していないが、
それを聞いた人は
「マウントを取られた」
と感じたかもしれない。

そうなれば、
自分は知らず知らずのうちに
他人にマウントを取っていた
ということになる。

他人からマウントを取られて、
嫌な気分になり、
「私は絶対にあの人のように
マウントを取ることはしない」
と心に固く誓った人でも、

他者から見れば、
自分も別の場面で
似たようなことをしている
可能性があるのだ。

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誰かからマウントを取られた
と感じた時には、
一方的に相手が悪く、
自分は被害者だと考えがちだ。

しかし、冷静に考えれば、
自分自身も気づかずに
他人に自慢げに話したり、
人を見下した言葉をポロリと
こぼしてしまうこともある。

はっきり自覚しないので、
「まさか自分が
マウントを取っている」
なんて意識していない。

それでも、気づかないうちに
自分もやっている可能性が
あるのだ。

このことを心得ておくことは
とても重要なことだ。

私たち人間はもれなく誰でも
「慢」の気持ちを心の内に持つ。

それを外に出さないつもりでも、
ふとした時に、出てくることも
しばしばあるからだ。

そう考えれば、
自分にマウントを取ってくる相手にも
少しは寛容な気持ちになれるだろう。

要は、お互い
「未熟な人間だ」ということ。

他人からマウントを取られて
不愉快な気分になったら、
相手を一方的に責めることはやめて、

その人を反面教師にして
自ら学ぶ姿勢を持つほうが
望ましい。

自分がこういう目に遭えば、
こんな嫌な気持ちになる。

そういう嫌な気持ちを
他人にはさせてはいけない
としっかり頭に入れることだ。

人間である以上、
完璧にはできなくても、

このことを心の片隅に置くだけでも、
相手を傷つけたり、
不愉快な気持ちにさせることは
かなり減らせるからだ。

謙虚な気持ちになり、
自分にも「慢」の心があるから、
気をつけないといけない
と思うことが、とても大切だ。