迷う心には意味がある――葛藤から見えてくる、本当に大切なもの

「好き」と「嫌い」。
「やりたい」と「やりたくない」。
「近づきたい」と「離れたい」。

一見すると
矛盾しているように思えますが、
人の心には、こうした正反対の気持ちが
同時に存在することがあります。

そして、それが原因で、
私たちは迷い、葛藤し、
ときには深く悩みます。

この記事では、
「迷うこと」や「葛藤すること」の
意味を考えてみます。

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相反する気持ちは、人間にとって自然なこと

私たちは、自分の気持ちは
一つに決まっていたほうがよい
と思いがちです。

「好きなら好き」「嫌いなら嫌い」
「やりたいならやる」「嫌ならやめる」。

そのほうがわかりやすいですし、
気持ちもスッキリします。

でも、実際の心は
それほど単純ではありません。

「この仕事は好き。でも、
嫌いな部分もある」

「新しいことを始めたい。でも、
始めたくない気持ちもある」。

このように、相反する気持ちが
心の中に同時に存在し、
葛藤することがあるでしょう。

心理学では、一つのものに対して
相反する感情や考えを
同時に持つ状態を
「アンビバレンス(両価性)」
と呼びます。

たとえば、
親に対して感謝している一方で、
強い不満を感じていることがあります。

パートナーを愛している一方で、
「嫌いだ」と思うこともあります。

今の仕事にやりがいを感じながら、
「もう辞めたい」
と思うこともあるでしょう。

このような場合、
どちらか一方の気持ちが本心で、
もう一方が嘘ということでは
ありません。
どちらも本当の気持ちなのです。

人間にとって、
相反する気持ちを同時に抱くことは、
ごく自然なことだといえるでしょう。

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答えを急がないほうがよい理由

そうはいっても、
葛藤している状態は、
あまり心地よいものではありません。

昨日は「もう辞めよう」と思ったのに、
今日は「やっぱり続けようかな」と思う。

そんなふうに
気持ちがコロコロと変わる状態が続けば、
イライラしたり、
「自分でも何を考えているのかわからない」
と不安になったりするでしょう。

そして、
その不安から逃れようとして、
私たちは早く答えを出そうとします。

「普通ならこうする」
「みんながそうしている」
「損をしないほうを選ぶべきだ」
「この年齢なら、こうするのが正しい」。

このように、
自分の外にある基準を使って、
無理に一方を選び、
葛藤を終わらせようとするのです。

でも、そうしたからといって、
心の中に残ったもう一つの気持ちまで
消えてくれるとは限りません。

頭では納得したはずなのに、
なぜかモヤモヤする。

正しい選択をしたはずなのに、
どこか苦しい。
そんなこともあるでしょう。

葛藤を避けようとして
無理に答えを出そうとしても、
必ずしも納得のいく結果に
つながるとは限りません。

それよりも、
相反する二つの気持ちそれぞれに耳を傾け、
その奥に何があるのかを
丁寧に探ってみるとよいでしょう。

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葛藤は「大切なもの同士」がぶつかっている状態

たとえば、
「仕事を辞めたい」という気持ちと、
「このまま続けたい」
という気持ちが同時にあるとき、
私たちの心には葛藤が生まれます。

辞めれば、「続けたい」
という気持ちが置き去りになり、
辞めなければ、
今度は「辞めたい」という気持ちを
無視することになるでしょう。

どちらを選んでも、
もう一方の気持ちが残ってしまう。
だからこそ、
簡単には決められないのです。

私たちは迷いが続くと、
「どうして私は
こんなに決断力がないんだろう」
「どうして気持ちが
ハッキリしないんだろう」と、
自分を責めてしまうことも
あるでしょう。

けれども、そんなときは、
問いを少し変えてみると
よいかもしれません。

「私は、何と何を大切にしているから、
こんなに迷っているんだろう?」

表面的には、
「仕事を辞めるか、辞めないか」
という二択の問題に見えます。

しかし、
本当に見つめたいのは、
それぞれの選択の奥にあるものです。

「辞めたい」という気持ちの奥には、
「もっと自分らしく働きたい」
「自分の時間を取り戻したい」
「このままでは心も体もつらい」
といった思いが
隠れているかもしれません。

一方、「辞めたくない」という気持ちの奥には、
「生活を安定させたい」
「これまで積み重ねてきたものを
大切にしたい」
「失敗して後悔したくない」
といった思いがあるかもしれません。

つまり、ぶつかっているのは、
単なる「辞めたい」と「辞めたくない」
という二つの気持ちではないのです。

「自分らしく生きたい」という思いと、
「安心して暮らしたい」という思い。

「新しい道に進みたい」という思いと、
「これまで築いてきたものを
失いたくない」という思い。

そのどちらも、
自分にとって大切だからこそ、
心は簡単に一つを
選ぶことができないのです。

葛藤の背後には、多くの場合、
「大切なもの」と「大切なもの」が
ぶつかりあっています。

だから、迷っている自分を
「決断力がない」
と責める必要はないでしょう。

むしろ
葛藤しているということは、
それだけ自分の中に、
簡単には手放せない
「大切なものがいくつもある」
ということなのです。

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「AかBか」以外の選択肢もある

自分にとって
何が大切なのかが見えてくると、
「どちらを選ぶべきか」だけではなく、
「ほかにどんな道があるだろう」
と考えられるように
なるかもしれません。

表面的に
「仕事を辞めるか、辞めないか」
だけを考えていると、
選択肢は二つしかないように思えます。

しかし、それぞれの気持ちの奥にある
「大切にしたいもの」がわかってくると、
必ずしも「AかBか」の二択で
決める必要はないことに
気づく場合があるからです。

たとえば、
「仕事を辞めたい」という気持ちの奥に、
「もっと自分の時間を大切にしたい」
という思いがあるとします。

一方で、「仕事を辞めたくない」
という気持ちの奥には、
「生活の安定を守りたい」
という思いがあるとします。

だとすれば、
本当に望んでいるのは、
単に「仕事を辞めること」でも
「今のまま働き続けること」でもなく、
「自分の時間を増やしながら、
生活の安定もできるだけ守ること」
ではないでしょうか?

そう考えると、
それまで気づかなかった選択肢が
浮かんでくるかもしれません。

勤務時間を減らせないか
相談してみる。

残業の少ない部署への
異動を希望する。

在宅勤務や勤務日数を減らす働き方が
できないか検討する。

一定期間だけ休職して、
これからの働き方を考える時間を
つくる。

あるいは、収入を大きく減らさず、
今より短い時間で働ける
別の仕事がないか、
無理のない範囲で情報を集めてみる。
そんな方法も考えられるでしょう。

もちろん、いつも両方の願いを
完全にかなえられる答えが
見つかるとは限りません。

何かを選べば、
何かを手放さなければならないことも
あるでしょう。

それでも、
「辞めるか、辞めないか」だけで考えるのと、
「自分は何を大切にしたいのだろう」
「その大切なものをできるだけ守るには、
どんな方法があるだろう」と考えるのとでは、
見えてくる選択肢は
大きく変わってくるものです。

葛藤は、ただ
私たちを苦しませるだけのものでは
ありません。

二つの気持ちの奥にある
「大切にしたいもの」を
丁寧に見つめていくことで、
それまで思いつかなかった
「第三の道」が
見えてくることもあるからです。

そして、その第三の道が、
自分にとってより納得できる選択に
なるかもしれません。

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葛藤は自分を深く知るための入り口

葛藤している状態は、
決して心地よいものではありません。

「早くこの迷いから抜け出したい」
「早く答えを出して、スッキリしたい」
と思うのも自然なことでしょう。

しかし、葛藤している時間は、
決して無駄ではありません。

迷いの中で立ち止まり、
自分の心に丁寧に耳を傾けてみると、
それまで自分でも気づいていなかった
本音が見えてくることもあるからです。

「本当は、もっと自由に生きたい」
「人から嫌われることが怖かった」
「安心できる場所を失いたくなかった」
「自分の力をもっと試してみたかった」
「誰かの期待に応えることを、
自分の望みだと思っていた」

こうした思いは、
普段は心の奥に隠れていて、
なかなか気づけないでしょう。

ところが、
何かを決められずに迷ったとき、
その奥にあった気持ちが
少しずつ姿を現すことがあるのです。

「なぜ、私は
こんなに迷っているのだろう?」
「何を失うことが怖いのだろう?」
「本当は、どうしたいのだろう?」

そんな問いを自分に向けながら
葛藤の奥をたどっていくと、
自分が大切にしている価値観や、
怖れていること、
本当に望んでいる生き方が
見えてくるかもしれません。

そう考えると、迷うことは
決して無駄な時間ではありません。

むしろ迷いは、
「あなたにとって、
本当に大切なものは何ですか?」と、
自分自身に問いかける機会でも
あるのです。

葛藤があるからこそ、
自分でも気づかなかった思いに
出会えることがあります。

そして、自分が何を大切にし、
何を望んでいるのかがわかってくれば、
世間の常識や誰かの期待だけに
答えを求める必要も
なくなっていくでしょう。

他人の価値観ではなく、
自分なりの基準で選ぶ。

葛藤は、そのために
自分自身をより深く知っていく、
大切な入り口になり得るでしょう。

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葛藤は成長するときにも生まれる

以前なら迷わなかったことに、
あるときから急に
迷うようになることがあります。

今までは、頼まれたことなら
何でも引き受けていたのに、
「これ以上は無理かもしれない」
と感じるようになった。

以前は仕事を一番に考えていたのに、
「もっと自分の時間を大切にしたい」
と思うようになった。

ずっと我慢してきた人間関係について、
「このままでよいのかな」
と疑問を抱くようになった。

そんな変化に気づくと、
「昔の自分はもっと頑張れたのに」
「わがままになったのかな」と、
不安になることもあるでしょう。

けれども、それは
必ずしも悪い変化ではありません。

もしかすると、
自分の中で大切にしたいものが
変わり始めているのかも
しれないからです。

人は成長したからといって、
それまで大切にしてきた価値観が
一瞬で消えるわけではありません。

古い価値観を手放しきれないまま、
新しい価値観も
少しずつ芽生えてきます。

「今までの自分」と「これからの自分」が、
しばらくの間、
心の中に一緒に存在するのです。

これまで大切にしてきた生き方には
愛着があるでしょう。

でも、
新しい生き方にも惹かれている。

「これまで通りでいたい」という気持ちと、
「少し変わってみたい」という気持ち。
その二つが同時に存在するところにも、
両価性があるといえるでしょう。

そう考えると、以前より
迷うことが増えたからといって、
必ずしも後退しているわけでは
ありません。

むしろ、
自分が変わり始めているからこそ、
古い価値観と新しい価値観の間で
心が揺れることもあるからです。

葛藤は、ときに
成長の途中で生まれるものです。

迷いが増えたと感じたときは、
「どうして以前のようにできないのだろう」
と自分を責めるのではなく、
「私は今、何を大切にしたいと
思い始めているのだろう」と、
自分に問いかけてみてください。

その葛藤は、新しい自分へと
変わっていく途中に生まれた、
大切なサインなのかもしれません。

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おわりに

この記事では、
「迷うこと」や「葛藤すること」には、
どのような意味があるのかを
考えてきました。

私たちは迷いが生まれると、
「早く答えを出さなければ」
「どちらか一つに決めなければ」
と思いがちです。

しかし、人の心は
それほど単純なものではありません。

「好きだけれど、嫌いな部分もある」
「やりたいけれど、怖い」
「離れたいけれど、離れたくない」

こうした相反する気持ちが
同時に存在することは、
決しておかしなことではありません。

どちらか一方だけが
本心なのではなく、どちらも
自分の中にある本当の気持ちなのです。

そして、葛藤の奥では、多くの場合、
自分にとって「大切なもの」と「大切なもの」が
ぶつかりあっています。

だからこそ、どちらかを
簡単に手放すことができず、
私たちは迷うのです。

そんなときは、
「どちらを選べば正しいのだろう」
と答えを急ぐ前に、
「私は、何と何を大切にしているから
迷っているのだろう」と、
自分の心に問いかけてみてください。

二つの気持ちに
丁寧に耳を傾けていくと、
自分でも気づいていなかった本音や価値観が
見えてくることがあります。

そして、「AかBか」だけではなかった
第三の道が見つかることもあるでしょう。

また、以前より
迷うことが増えたからといって、
必ずしも後退しているわけではありません。

自分の価値観が変わり、
新しい生き方へ
進もうとしているからこそ、
心が揺れている場合もあるからです。

迷うことは、決断力がない
ということではありません。

葛藤することは、
それだけ自分の中に、
簡単には手放せない
大切なものがある
ということでもあります。

ですから、迷っている自分を
責める必要はないのです。

すぐに答えが出なくても大丈夫です。

葛藤を
「早くなくさなければならないもの」
と考えるのではなく、
自分の心をより深く知るための入り口として、
少し丁寧に
向き合ってみてはいかがでしょうか?

その迷いの中に、
これからの自分が大切にしたいものや、
自分らしく生きるためのヒントが
隠れているかもしれません。