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自分のために他人を許す ― 斎藤一人先生から学んだこと

怒りの感情は、人間の自然な感情。
日々、色々なことが起きるし、
誰かから理不尽なことをされれば、
腹が立って、怒りの感情が湧いてくる。
これはごく自然なことで、当然のことだ。
そういう時には、思い切って怒ればよい。

でも、時には、
怒りの感情はネガティブなものなので、
良くないことだからと言って、
抑えようとする人がいる。
本当は怒っているのに、
自分の感情に蓋をして、
ムリに抑えて我慢している。

一見、立派に見えるけれど、
怒りを感じた時には、
自分の気持ちに素直になって
怒った方がよい。
下手に抑えていれば、いつまでも
その怒りを自分の中に抱えていて、
なかなか手放すことができないからだ。

怒りの気持ちが自分の中に隠れていて、
「アイツのことを許せない。
絶対に、絶対に許せない」と
怒りの感情をいつまでも燃やし続ければ、
自分を破壊してゆくことになる。

1週間前に起きた嫌なこと。
1カ月前に起きた嫌なこと。
いや、半年前、1年前、
人によっては何年も前に
誰かからされた不快なことを
ずっと引きずって、
そのことを繰り返し思い出す。
そして、思い出すたびに、怒りを感じて
「絶対に許せない!」と
怒りが更に強く燃える。

実は、私がこれをやっていた。
数年前にネット上で
斎藤一人先生のトークに出会うまで、
ずっと、ずっとやっていた。
私の場合は、1年、2年なんてものでない。
10年も、15年も、20年も前のことを
何度も何度も思い出して、
そのたびに不愉快な気持ちになって、
怒り続けていたのだ。

怒りの対象は、私の実の両親。
私が子供の頃に、
両親が私にしたことに対して、
許すことができずに、
私はずっとずっと怒り続けてきた。

両親のことが大嫌いで、
両親の近くに居ることにウンザリして、
私は海外に移住した。
両親は遠く離れた日本に居て、
私はニュージーランドに住んでいる。
お互いほとんど連絡も取らない状態だ。

私の目の前には、
ニュージーランドの優しい家族がいる。
豊かな自然に囲まれた
素晴らしい環境下で私は生活している。
でも、私は、遠く離れた両親が
私に対してしてきた理不尽なことを
ずっとずっと忘れられずに、
彼らに対する恨みつらみでいっぱいだった。

そんなある日、ネット上で
偶然見つけた斎藤一人先生のトークに
感銘を受けて、その後は、一人先生のトークを
次から次へと聞くようになった。
一人先生のトークから、私は沢山のことを学んだ。
「自分のために他人を許す」ということも
一人先生から教わった大切な学びの一つだ。

他人を許すことは、他人のためではない。
自分のために許すのだ。
なぜ、そうなのか?
そのことを詳しくお話したい。

誰かのことを恨んで、恨んで
怒りの感情を燃やしても、
それは相手には届かない。
相手を呪いたい気持ちがあっても、
普通の人は、その呪いの気持ちを
相手に届けることはできない。
相手は自分と離れているので、
相手には届かなくても、
近くにいる自分に届いてしまうのだ。

自分は夜、眠れなくなるほど怒っていても、
相手の人はスヤスヤと眠っている。
翌朝は「ああ、スッキリした。
今日も1日、元気で良い日を過ごそう」と
張り切っているかもしれない。

でも、怒りで眠れなかった自分はどうか?
寝不足で頭がぼーっとしている。
身体も怠くて、シンドイ。
モヤモヤする気持ちもあって、
憂鬱な気持ちで1日を過ごすことになる。

自分は胃腸の調子が悪くなるほど、
怒っていたなら、
ご飯を食べようとしても、美味しくない。
ムカムカとして、吐き気までしてくる。
でも、自分の怒りの対象の相手は、
今日も笑って美味しくご飯を楽しんでいる。

「アイツは自分にこんな酷いことをした。
絶対に、絶対にアイツのことを
許せない」と怒りを燃やしていても、
その相手は、自分がしたことを
悪いとは思っていないかもしれない。
1週間もすれば、そのことを
すっかり忘れて、元気に楽しく生活している。
「そんなこと、あったっけ?」
くらいにしか思っていない。

自分がどんなに相手を恨んで、
許せない気持ちになり、怒っていても、
相手は何も危害を受けない。
自分が怒ることで、悪影響を受けるのは
怒っている本人だ。

夜は眠れないほど怒っていて
昼間は怠くて、頭痛もして、
憂鬱な気分で1日を送るのは自分。
怒りで胃腸の調子が悪くなり、
食事も楽しく摂れなくなるのも自分。
怒りの気持ちでいっぱいで
不愉快な感情に襲われて、
嫌な気持ちで1日を過ごすのも自分。
こんなことをずっとやっていれば、
心も身体も病んできて、
そのうち大きな病気に
なるかもしれないのも自分だ。

相手のことをずっと許せなくて、
怒りをずっと引きずってしまっても、
相手には何も悪いことは起きない。
その悪影響をもろに受けるのは、自分だ。
結局、自分を破壊してゆく行為になる。

一人先生は優しい声で言う。
「だから、怒るのはやめな。
怒るのをやめるのは、相手のためではなくて、
自分のためなんだよ。
自分のために、相手を許してあげて、
怒るのはやめな」と。

一人先生のこのトークを聞いた時、
私は「今まで何て愚かなことをしてきたのか」
と気づいて、目を覚まさせて頂いた。
「こんなことをずっとしていれば、
自分自身の心身の健康を損なって、
そのうちに、本当に病気になってしまう」
と分かったのだ。

「相手のことが許せなくて
ずっと怒っていることは、
大嫌いな相手に、自分の貴重な時間を
捧げているのと同じなんだよ」
という一人先生の言葉に、私はハッとした。
人生の時間は限られている。
その貴重な人生の時間を、
大嫌いなツマラナイ相手に使うのは、
本当に愚かなことだと思えた。

楽しいことを考えて、
喜びに満ち溢れる時間が
多ければ多いほど、
いいに決まっていると思った。
そうした方が、自分は幸せになれる
と確信できた。

同じ1時間でも、
その時間を自分は楽しいことを考えて、
幸せな気持ちで過ごすことができる。
腹立たしいことを思い出して、
不愉快な気持ちになって、
怒りの感情を燃やして1時間過ごすこともできる。
「どちらを選ぶかは、他でもない自分が決めることだ」
ということに気づいたのだ。

一人先生の素晴らしいトークに出会って、
私は本当に救われたと思う。
両親のことを許して、
怒ることをやめることは、
両親のためにするのではない。
それよりも、大切な自分のためにすることだ。
そのことを心の底から理解できた。

怒ることはやめて
自分の貴重な時間をムダにするのはやめよう。
自分の大切な身体を破壊するのはやめよう。
こんな愚かなことをするのは
もう卒業しよう、という気持ちになれた。

両親のことを許せるようになったのは、
この理由だけではない。
実は、他にも理由がある。
その他の理由と言うのも、
斎藤一人先生からの学びによるものだ。
そのことは、近い将来、お話しようと考えている。