親子関係で
トラブルが多ければ、
子供は後の人生で
悪影響を受けることも
しばしばだ。
今回は、
私の体験談を交えて、
険悪な親子関係が
子供の後の人生に与える
ネガティブな影響について
お話したい。
私にとっては次の2点が
大きなダメージだった。
1)親との悪い人間関係を、
その後の人生で、別の人間を相手に
繰り返してしまったこと。
2)親から刷り込まれた
「自分に対する不当な思い込み」が、
心のブレーキとなり、
チャレンジを妨げていたこと。
詳しく、お話したい。
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1)親との悪い人間関係を、
その後の人生で、別の人間を相手に
繰り返してしまったこと。
「親子関係」は、
人間関係の中では
一番基本的で重要な関係だ。
もし、
親子関係がギクシャクしていて、
親子で人間関係の問題を
抱えていれば、
子供が成人して、
社会に出てから、
会社や組織の人たちと関わる際、
その人たちとも
似たような人間関係のトラブルを
起こしてしまうことがある。
私の場合は、
父親との険悪な関係を、
職場の上司を相手に
繰り返していた。
なぜ、そうなのかは、
職場の上司は
私の父に似ていたからだ。
上司は父と年齢的にも近く、
父と似たような雰囲気を
醸し出していた。
父も上司も
昭和の同じ時期に生まれ、
男尊女卑の風潮の中で
教育を受けた人たちだ。
女性に対して接する際、
父も上司も上から目線で
横柄な態度だった。
両者とも短気で、
すぐにカッとなり、
怒鳴る癖があった。
私はこの上司と知り合って、
割と直ぐに自分の中で
上司に対する評価を決めていた。
「コイツは父と同類。私の敵だ!
良好な人間関係を築くのは
絶対にムリ!」と。
一応、上司なので
失礼なことを
言うべきではないし、
嫌な態度も見せるべきではない。
表面上、私は上司に対して、
礼儀正しく
振る舞っていたつもりだ。
しかし、私の心の奥底では
上司に対する
強い嫌悪感があった。
そのため、知らず知らずのうちに
非コミュニケーションにより
「私はあなたが大嫌い!」
というメッセージを
上司に送っていたようだ。
そうなれば、当然、上司も気づき、
「なんだか嫌な部下だな」
と感じるようになる。
部下の私に
好意を抱くことはなく、
嫌がらせをしたくなるのも
不思議でない。
私の小さなミス、
ちょっとした落ち度にも、
上司は重箱の隅を
楊枝でほじくるような感じだ。
他の部下には優しくても、
私に対しては
意地悪ばかりしてきた。
結果的には、
私と上司の人間関係は、
私と父親の親子関係のように
最悪なものになった。
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その組織に勤務していた頃、
私はこのことに気づけなかった。
長い年月を経て、
かなり年を取るまで
このことに全然
気づけなかったのだ。
会社や組織の人たちは、
私にとっては
新たに出会う人たちで、
私は彼らのことをよく知らない。
それなのに、自分の親と
少しでも似た点があれば、
「この人も父のような人間だろう」
と私は勝手に決めつけていた。
私は上司に対して、自分の中で
「嫌な人に違いない」と考え、
相手のイメージを勝手に
自分の中で作り上げていたのだ。
そして、自分の想像した
嫌なイメージに基づいて、
上司のことを忌み嫌い、
彼に対して攻撃していた。
表面上は、上司に対して
無礼のないよう
振る舞っているつもりでも、
心の奥底では悪意を抱いていた。
言葉に出すことはなくても、
上司に対する私の態度とか、
接し方、顔の表情などで、
私の心の内にある悪意が
彼に伝わってしまったようだ。
そうなれば、上司も
私のことを感じ悪いと
思うだろう。
その結果、私がミスをしても
かばってはくれなかった。
上手く行かないことがあっても、
協力もしてくれなかった。
私のあら探しばかりをして、
ちょっとしたことで文句を言い、
私を𠮟りつけることも多かった。
お互いがお互いを嫌いになり、
上司と私の人間関係は
悪い方向へ行くばかりだった。
実は、
私は直属の上司だけでなく、
他の数名とも
良好な人間関係を築けなかった。
昔、親にされて嫌だったこと、
言われて嫌だったこと、
親について不愉快に思ったこと、
そんなことを
思い出させる人がいれば、
その人のことを良く知らなくても、
「嫌な奴だ」と決めつけて、
「私はあなたが大嫌い」という
オーラを出してしまったからだ。
私はその人たちを
勝手に忌み嫌い、
自分の中で「この人はこんな人」
と妄想して、嫌っていた。
「この人嫌だな~」と思えば、
私の勝手な妄想は
どんどん膨れ上がり、
もっともっと嫌な人に見えた。
しかし、冷静に考えれば、
上司を含め、私が嫌だと思った人たちは、
私の親とは全く別の人間だ。
私は知り合って直ぐに
相手のことをよく知ることもなく、
相手に対して、不当な思い込みを
自分の中で勝手にしていた。
おそらく、私が想像したこと、
妄想したことは、
正しいとは言えないだろう。
間違っていた部分も多いだろう。
しかし、私は
そんな間違いをしている自分に
気づくこともなかった。
私がずっとやってきた
自分勝手な思い込みは、
客観的に観れば、間違ったものだ。
私の中にあった認知の歪みが
間違った思い込みを起こさせ、
自分勝手に正しくない想像や妄想に
発展させたのだ
今になれば
よく分かるけれど、
私は父親との険悪な人間関係を、
職場の上司を初めとする
幾人かの人たちとも
繰り返してきた。
相手は父ではなく、
別の人間なのに、
相手のことを
父のように扱って、
全く同じ険悪な人間関係を
リピートしてきたのだ。
相手の立場になれば、
私のしてきたことは
かなり迷惑だったに違いない。
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険悪な親子関係のために
私が受けた悪影響の2つ目は、
親から刷り込まれた
「自分に対する不当な思い込み」が、
心のブレーキとなり、
チャレンジを妨げていたこと。
私は実母から
ダメ出しばかりされて育った。
私がすることなすこと
ほとんどすべてが
母にとっては
「ダメ」としか思えなかった。
それもそのはず、
私の母は超完璧主義者だ。
母は頭の中で
非現実的な理想の子供像を描き、
その理想と私の現実の姿を
比べていた。
私が母の理想とは、
あまりにもかけ離れていたので、
母はがっかりして、
失望することが多かった。
私は何をやっても
「ダメな子供」だと
非難され続けた。
「そんなこともできないの!」、
「なんでこんなことも
分からないの!」と
ほぼ毎日呆れられて、
叱られていた。
叱られたり、非難されたり
するだけで、
母の口から褒め言葉を
一度も聞いたことはない。
「ダメな子」「できない子」
「救いようもないバカ」
「どうしょうもない役立たず」
「人間のクズ」「人間失格」……
私を否定する言葉を
どれだけ聞かされたか
分からない。
母から常に否定されて
ダメ人間として扱われたので、
私は自分の内に
「自分は劣っている人間だ」
という刷り込みをしていった。
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大人になって
物事が上手く行っている時には
さほど問題ないが、
そうでなくなれば、
昔母から言われたキツイ言葉が
私の頭に鮮明に蘇ってくる。
ネガティブ言葉を発した時の
母の顔の表情や、声のトーンまで、
ありありと鮮明に
私の元に戻ってきてしまう。
新しい挑戦をする際には、
上手く行かないことの方が
多いのは当然だ。
しかし、私は長い間
そのことを知らなかった。
上手く行くのが当然だ
と思い込んでいて、
上手くできない自分は
母が言ったように
「できない人だから」と
結論付けをしていた。
「だから、自分はダメなんだ」。
「自分は他の人より
劣っているから、できないんだ」
「それなら、やらない方が
ずっといいだろう」とまで考えた。
やらなければ、
失敗することもないから、
その方がマシだと思ったのだ。
そのため、人生の長い間、
私はあまりチャレンジしなかった。
なぜなら、「自分にはムリだ」
という思い込みがあったからだ。
チャレンジすればいいことでも、
「自分は劣っているからムリ」
という間違った思い込みが
私のチャレンジを止めていた。
人間関係においても、
「この人と仲良くなりたい」
という気持ちはあっても、
「私は劣った人間だから、
この人には
相手にして貰えないだろう」
とまで考えてしまう。
いつも尻込みして、
自分の方から声をかけられず、
人間関係を深めることもなかった。
相手の方から
誘ってくれるのを待っている。
話かけて貰うのを待っている
という消極的な姿勢だ。
このような状態なら、
素晴らしいチャンスがあっても、
挑戦しないから
逃してしまうことになる。
ステキな人が近くにいても、
相手の方から誘って貰えなければ、
仲良くなることもない。
私は母親からの影響で、
「自分に対する間違った思い込み」
を自分の中に作り、
その不当な思い込みにより、
自分自身に足枷をはめ
自らを縛りつけていた。
私の心の内にある
間違った思い込みが、
チャレンジや仲良くなるチャンスに
ブレーキをかけていたのだ。
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私は人生の長い間、
この2つの問題に
はっきりと気づいていなかった。
ただ
「なんとなく生き辛い人生」、
「なんとなく
しっくりこない人生」、
という感覚を感じていただけだ。
それがどうして
そうなったのか?
今のように
はっきり認識できなかった。
なぜか分からないが、
職場での人間関係に
悩まされることが多かった。
なぜか分からないが、
チャレンジする気にも
なれないし、
自分の方から
友達を作ろうという
気にもなれなかった。
新しいことに対して
尻込みして、
仲良くなりたい人がいても、
自ら声をかけることも
全然なかった。
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今、私が強く思うことは、
「このことに気づくことが
とても大事だ」ということ。
なぜなら、気づければ、
毒親の影響で
「自分の認知にかなり強い
歪みがあること」を理解できるから。
自分の歪んだ認知を
はっきりと認識できれば、
この問題の解決には
大きな助けになる。
新しい環境に入り、
新しい人間関係を築く際、
たとえ親と似た要素を
相手の中に見つけても、
その人は、自分の親とは
全く違う人間だ。
「父と同じような人だろう」
と勝手に想像することは
間違っている。
その間違えに気づければ、
自分勝手な妄想で
「この人はこんな人」と
決めつけることもなくなる。
そういう決めつけを
しなければ、
相手との人間関係が
悪化することも
防げるはずだ。
親から受けた悪影響により、
自分の中に歪んだ認知がある
と分かれば、
物事に尻込みする自分を
自覚できた時には、
「その思い込みは不当だから、
外してもいいんだよ」と
自分に言ってあげれる。
それができれば、
チャレンジに対して
もっと積極的になれるだろう。
交友関係を深めるにも
消極的な姿勢では
なくなるだろう。
親との険悪な人間関係により、
自分は悪影響を受けていることに
気づくこと。
そして、その悪影響のせいで、
自分の認知に強い歪みがあることを
認識すること。
これができれば、
悪影響を受けることも
かなり防げる。
だから、気づくことが重要だ!
この気づきがあれば、
毒親問題から自分を救う
大きな助けになるだろう。